31枚目 「ジョシカイと視線」


 女子会は、つまるところ平和な情報交換のようなものであった。


 何が好きか。

 どんなことを趣味にしているか。

 サバイバル生活をしていたときの狩りやトラブルの話。

 魔導王国に来てどんなことに興味を持ったか。好きな料理はあるか。


 序盤はともかく、後半はラエルばかりが話し続けていたようにも思うが、それでも食いついて来るエルメの純粋な瞳がキラキラしていて心が痛かった。


 というのも、ラエルは自分語りがあまり得意な方ではない。彼女の人生はそれなりに波乱万丈だったかもしれないが、それはたかだか十六年の話だ。


 それとなく聞いてみるとストレンはラエルの二倍、エルメは三倍の年齢であることが分かった。寿命が長い種族である故に若作りな二人だが、だからこそラエルの経験談でその知識の足しになるとは思えない、というのが彼女の正直な感想である。


 とはいえ、発見もある。


 戦争に巻き込まれる以外の人生を知らないラエルからすれば、自分の体験など他の人間も経験したであろう周知の事実であり――だからこそ、自分が知っていることを他人が知らないという状況は、産まれて初めて体験するものだった。


 当然、自分が知っているすべてを他人が知っているとは限らない。

 それは常識的に普通のことだ。少女以外にとっては。


 ……サバイバル生活の間はずっと家族三人だった。


 その生活すら、横入りの悪徳宗教団体に奪われてしまったともいえるが――結果からすれば良かったのかもしれないとも、黒髪の少女は思った。


 箱入りならぬ砂漠入りの娘には、知らないことが多すぎる。


「よぅし! 隊長から午後休を頂いてきましたよぅ!」

「ぴょーん」

「……うん!?」


 ――というわけで。


 午後二時を過ぎた頃、女子会を終えたラエルはその延長でストレンとエルメに捕まっていた。現在は三棟の商業区画に向かっている最中である。


 捕まっているという言い方には語弊があるかもしれないが、エルメに腕を組まれているので、自由を奪われ連行されているのとほぼ同じようなものである。


 先日の烈火隊朝練拉致未遂事件 (ラエルはあの一件をこう呼ぶことにした)もそうだが、烈火隊の関係者は他人のスケジュールを考えない行動がニュートラルなのだろうか。


(どう考えてもあの三つ編み隊長の影響としか思えない。ハーミットとスフェーンさんに物申すネタが一つ増えてしまったじゃないの)


 しかも直前報告にも拘らず午後休が取れるとは。


「私、どこへ連れて行かれてるのかしら」

「ぴょーん」

「ふふ、そんなに身構えなくて大丈夫ですよぅ。実は、昨日ラエルさんが帰られた後に隊長からラエルさんが就活している経緯をそれとなく聞きまして」


 とんでもない所から情報が洩れている気がしたが、聞き流すことにした。


「びっくりしましたよぅ! ……ラエルさん、明るいですから」


 ストレンは言って微笑んだ。背中の矢筒が無ければ可愛らしい笑みである。

 淡い色の茶毛を耳に掛け直し、赤い瞳が黒髪の少女の視界に入った。


「人売りに関わって社会復帰に苦労する方はとても多いんです。治療者として、私はそういう人を嫌というほど見てきました――ですから、ラエルさんには魔導王国で十分休んでもらいたい。羽を伸ばしてもらいたいとも思いまして」


 静かに語る白魔術士とは対照的に、ラエルの右腕をホールドしている獣人は欠伸をする。


「私には大層な理由はないぴょーん。ポテーが面白い人だと思ったから、着いて回ってるだけ。そういう意味でも本当、人族なのが勿体無いぴょーん」

「エルメは真っ直ぐですねー。それが長所なんですけどぅ」

「ストレンが真面目すぎるだけだぴょーん」

「そうですねぇ。私は理由をつけなければ人と話すこともままなりません」

「それはそれ、これはこれだぴょーん」

「……ええ。少なくとも烈火隊の人達は、私を理由なく連れ出すのが得意よね」

「あは、それは言えていますぅ」


 ストレンは笑い、白いスカートを翻してみせた。







 魔導王国の各棟は十三階建ての建築物である。塔の居住区画は九階から上であり、ラエルの部屋は三棟の十階にある。因みに、ラエルが普段お世話になっている食堂『モスリーキッチン』は同棟内の八階に開設されている。


 三棟の八階から下は、物売りなどが店をだす庶民の為の商業区。生活用品を売る店や魔法具を錬成する鍛冶屋などがあり、適度な距離を置いて飲食店がある。


 魔導王国で暮らす様になってから間もなくラエルはそうした説明を受けていたのだが、お取り寄せデリバリーシステムが充実しているこの国では人混みに飛び込まずとも買い物ができてしまう。よって、自らこの区域に足を運んだことは無かったのだ。


 理由は単純。


「…………」

「ラエルさん?」


 人が、多いからだ。


 ラエルは息をのむ。長い間サバイバル生活をしていく中で研ぎ澄まされた第六感、野生の勘ともいえるそれが十二分に発揮される。


 他人の視線がいくつ自分に向いているのか、敵意はあるのかそれとも無関心なのか。無数に響き渡る足音、今この瞬間、何人とすれ違っただろう。


 脳に響く情報の津波で、体調は万全なはずなのに目眩がする――加えて、食堂で他人と競っている時とは状況が違う。


 ここの人々はラエルの姿を見るのも初めてで、その事情も知らない住人が殆どだ。よって、アネモネやハーミットと一緒に歩いている時とは違う類の視線を、幾つか向けられた。


 筋肉娘に対する呆れの視線と。

 人族のラエルに対する嫌悪の視線と。


「ポテー。これは……」

「エルメさん、私は大丈夫。それで、何処へ連れて行かれるのかしら」

「着いてからのお楽しみですよぅ! さあ、道を空けた空けたぁ!」

「はぁ。ぴょーん」


 エルメがやれやれと額に指をあてる。どうやら、ストレンはこの手の空気に疎いらしい。


 しかしその鈍感さが今回ばかりはプラスに働いたらしい。ストレンとエルメがラエルに容赦なく対応しているのを目にした住人たちは、一人、また一人と各々の興味に意識を移していく。


 降りかかる視線が減ったことで、ラエルの心労も多少緩和されることになった。


 通り過ぎるときに「またか」、「また不思議な子を拾って来たな」といった声が聞こえたが、今は何も考えないことにした。


 ラエルは割り切りが上手い方である。少なくとも本人はそのつもりだ。


「そろそろ着きますよ。心して下さいね、ラエルさん! ……って、あれ」

「?」


 目的地が見える位置まで来たらしいことを察知したラエルが顔を上げると、成程。確かにそこには店があった。


 細長いカミソリ状の刃が二枚重なった形状の物 (何だろうこれ)の看板が掲げられており、横にはカラフルな髪色をした人型のポスターが貼られている。店舗の入り口は何故か二つに分かれていて、手前は髪の長い人が中心に、奥は髪の短い人が中心に出入りしていた。


 その出入り口前。長椅子に腰を下ろした顔見知りが目を丸くする――外見からは髪が長いのか短いのか、分かったものではなかったが。


「ヘッジホッグさん?」

「ん?」


 針鼠は間の抜けた声を出し、少女へ疑問の視線を投げかけた。




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