第5話
「よォ、魅音姉さん。珍しいじゃねえか、こんな所に来るなんて」
西棟の外れ、各階のテラスを繋ぐ螺旋階段。二階に降って来た突然の声に上を向けば、ニッと嗤った従妹と黒髪の青年がこちらを見下ろしていた。
「…べに?そんな所で、何…」
「んな野暮ってモンだろ。この学園の非常階段には、常日頃から不良がたむろってんだよ。姉さんも気ィ付けな」
「…『姉さん』?べに、姉いたのかよ?」
「な訳無ェだろ、あの人は従姉…っつか、生徒会副会長の成瀬魅音さんだよ。…姉さん、コイツは
まあ休部中らしいけどな、なんて笑うべにとは対照的に、ポーカーフェイスの青年は表情を崩さないまま。
…従妹とは言え元ヤンのべにから「姉さん」って呼ばれるのは、あまり良い気はしないけど。
「剣道部…って事は、雅音の後輩?」
「!?…アンタ、雅音さんの知り合いなのかよ」
「だって…私と雅音は、幼馴染だから」
「…」
逸らされた視線、突然の沈黙。
不愛想な青年は暫く何も言わなかったけど…やがて「…べに、席外せ。この人に話がある」と口を開いた。
「は?…テメェ、あたしに指図するたぁ良い度胸してんなァ?テメェのそのツラ吹っ飛ばしてやったって良いんだぜ?あ?」
「べ、べに落ち着いて…!ほら、悪気がある訳じゃないだろうし!ね!?」
「…チッ。悠馬、姉さんに免じて今回は許してやんよ。桜楼の若頭に売った喧嘩…次はタダで返さねえからな」
苛立ったような舌打ちの直後…テンポの良い金属音と共に、鉄階段を下りて行くべにの姿が僅かに見えた。
苛立ちに歪む唇の紅とワインレッドの爪、そして別の生き物のように毒々しく揺らめく赤メッシュ。
…この子、こんなに赤が好きだっけ?
「…それで、話って?」
「別にアンタがどうこうって話じゃねえ。うちの主将である神楽雅音さん…正確には、あの人と夜桜先輩の事だ」
「…!」
「…雅音さんと付き合いの長いアンタなら知ってるだろうけど、あの人は昨年の秋頃…大して面識も無かったはずの夜桜先輩と付き合ったんだ。…おかしいだろ。理系クラスの人間と、文系クラスでまだ大人しかったあの人が急に知り合って、急に恋人になるなんて」
「それは…確かに、急だなって思ったりもしたけど…」
「気付いてんだろ、あの二人にあった事。部活も委員会も、クラスも違うあの二人が、何で付き合ったのか。…雅音さんは騙されてんだよ。得体の知れないあの男にな」
「…ッ」
やめて。魁斗君の事を悪く言わないで。悠馬に、魁斗君の何が分かるっていうの。
「そんな事…!」
「なあ、成瀬さん。アンタ今何て考えた?『お前にあの男の何が分かる』…ってか?」
「…!?」
「アンタもあの男が好きなんだろ。…健気だな。本当はアンタも無理だって分かってんだろ?」
言いたい事はそれだけだ、なんて鉄階段を下りた悠馬は私の横を通ってテラスから出て行く。
…雅音が、騙されている?そんな事絶対に有り得ない、のに…あってはいけないのに。…ねえ、何で心の隅には少しだけ安堵した私がいるの?
『幼馴染にあの男は勿体ない。お前の方が相応しい』
荒い呼吸を繰り返す私に追い打ちをかけるように、耳元で悪魔がニタリと嗤う。
そんなの駄目。やめて、消えて。誰もいなくなった鉄階段をキッと睨んで、浅ましく囁く心の声に首を振った。
あの二人はお似合いなの。完璧なの。
雅音が幸せなら良いの。二人が笑顔ならそれで良いの。
この半年間、ずっとそう思い続けて来たはずのに…何で、こんなにも胸が苦しいの?
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