第4話

「魅音先輩!」

 背後から掛けられた声に振り向けば、セミロングを解いた眼鏡の少女が「お疲れ様です!お尋ねしたい事が!」とプリントの束を手にこちらへ走って来る。

 壱ノいちのせなぎさ。陸上部のMGを務める生徒会庶務で、女バスのエースや魁斗君の妹と並ぶ『一年三大美人』の一人。

「頼まれてたもの終わりました!って報告がしたくて夜桜会長を探してるんですけど…どこにいらっしゃるか知りませんか?」

「ああ…夜桜君ね、さっき部活に行ったよ。明日、練習試合らしくて」

「夜桜会長の弓を引く姿、格好良いですもんね…!彼女の神楽先輩も美人ですし、本当にお似合いですよね!」

「…渚にとっての魁斗君って……」

「推しです!」

 …滑らかなフレームの奥で輝く目は、きっと見間違いじゃない…よね。…推し、かあ。

「夜桜会長はとっても格好良くて大好きですけど、付き合いたい~とかそういうのじゃないんです!憧れみたいな感じですかね?普段あんなに物静かで、時々お茶目で、でも弓を引くときは別人みたいに格好良くて!その!ギャップが!最高なんです!」

「分かった分かった、分かったから…」

「しかもですね、理系所属で物理の学年トップなのに、実は意外と読書家なんですよ!この間、文芸部の部誌『若桜』を紹介してくれたんですけど、その中でも特に『LiaR』って人の作品が凄いらしいんです!あの夜桜会長のイチオシですよ?気になって隣の文芸部室に行ってみたんですけど…」

「…いなかったの?」

「はい…。教えてくれませんでした」

「…まあ、『LiaR』自身も気を付けてるみたいし…」

「気になるじゃないですかあ…!」


 …前に茜音が「私が『LiaR』だって知られたくないんだよね…」と苦笑してたのも、こうして見ると何となく分かる気がするなあ…。

 涙目になる後輩の頭をよしよしと撫で、

「気持ちは分かるけど…多分、『LiaR』本人は身バレしたくないんだと思うよ」

と出来るだけ優しく彼女の顔を覗き込む。

「…うう…」

「ん、分かったのなら良し。…魁斗君、部活終わったら生徒会室に来るって言ってたから、一緒に待ってよっか。渚が持ってるの、来週の議案書審議の要旨でしょ?」

「はい!」

 …素直で良い子。そういえば、秋瀬君に出会う前の茜音も、こんな風に聞き分けの良い子だったっけ。

 元気良く返事をした後輩に肩を並べて、私は向かいかけていた生徒会室へと再び歩き出す。…そういえば、文芸部の部誌も来週発刊って茜音が言ってたっけ。話題の物書き『LiaR』…次はどんな作品を載せるんだろう。




「そういえば聞いて下さい魅音先輩、最近購買に一日五個限定のモンブランが出たんですよ!一つ六百円です」

「高…あれ?それ、今日秋瀬君が買ってたような…?」

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