第3話

 私達の年でバスケをしている人間なら、夜桜魁斗の名前を知らない者はいない。東京の強豪・海皇かいおう中学校で一年の頃よりスタメンに抜擢され、巧みな試合運びと冷静なプレーで全国にその名を知らしめた名PG。当時副主将を務めていた二年、御厨みくりや響樹ひびきとのコンビは特に脅威で、その年には全国優勝を成し遂げて見せた。 

 …けど、その翌年、御厨選手が事故で亡くなってしまってからは、彼もバスケ部を引退してしまって。

 それ以降、中学バスケ界で彼の名前を聞く事は無かったけど…二年前の桜楼学園の入学式、心を躍らせて目を滑らせたクラス名簿に、彼の名前があった。


「成瀬ちゃんはバスケ部に入るの?」

「うん。別の部活って考えたりもしたけど、やっぱりバスケが好きだから。…夜桜君は?」

「違う部活かなあって思ってる。高校ではバスケはしないって、中学から決めてたからね」


 …寂しそうな笑みの裏側に隠されたのは、きっとかつてに相棒の死で。その宣言通り、彼は私の弟と共に弓道部に入部し、その年の冬には個人で東北を制覇した。

「魁斗君、東北優勝おめでとう!」

「有難う。全国では良い結果残せなかったからね、来年は絶対にリベンジしないと」

 全国大会から戻って来た日に声を掛ければ、いつも眠そうなその目をたゆめて、魁斗君はくしゃりと…心の底から嬉しそうに笑う。

 …桜楼に来て彼を知って以来、初めて目にした表情。胸の奥にじんわりと広がるこの温かさはきっと、幼い頃…一度だけ抱いて仕舞い去った、あの感情に違いなくて。




 …そっか。私…魁斗君の事が、好きなんだ。




 自覚した気持ちは不思議なくらいスッと入り込んで、仄かな甘さを残して胸の奥にすとんと落ち着く。

 彼の事は、人間としても尊敬している。だから…同じ生徒会員として、友人として、傍にいる事が出来るなら。

この頃の私は、それだけで十分だった。幸せだったのに。…でも、それから暫く経った二年の十月末。ずっと可愛がっていた幼馴染が照れ臭そうに打ち明けてくれた現実は、私の中の淡い期待を音も無く打ち砕いた。


「あのな、魅音。うちな…夜桜魁斗君と、付き合う事になったんよ」


 …長い付き合いの中で初めて目にした、残酷なまでに美しい微笑み。さあ、と一瞬で全身の血の気が引いて、でも心臓はバクバクとうるさいくらいに拍動して。

 引きつった表情筋を無理矢理に動かして、ふわりと綻んだ幼馴染へと最大限の笑顔を返した。

「そ…っか、おめでと!」

「おおきに」

 …ねえ、雅音。あの時の私、ちゃんと笑えてたかな。

 あれから半年、大人しかった雅音は別人のように明るくなって、魁斗君の表情も心なしか穏やかになって。



 …今では知らない人はいないくらい、桜楼の中でも有名なカップルだもん。これが正解、晴れてハッピーエンドのはずなのに…ねえ、何で、こんなにも心が痛いの?

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