9迷 それ は なんだ 3
マスター曰く、王様が着位してから元人間は見かけないという。そもそも周期的に来ているわけでもなく、本人から言われないと気が付かないものだし、あまり気にしていないから詳しいことはわからないなぁ~とのことらしい。
シーシーはその間幾度となくパブの客から代わる代わる声をかけられていた。ああまた今度ね、いつかね、とあいまいな返事をしているにもかかわらず、皆シーシーを気に入っているようだった。
「俺は昔からのシーシーの知り合いだが、こいつァサキュバスなのに今まで一度も人間とこ行ったことがないんだぜ。」
デリーは管を巻くようにハクにグイ、と近づき神妙な顔つきをする。アルコールが入っていないのにこのテンションなら、シーシーが言っていた失態もどこかうなづけた。
「あ、ああ。らしいね。」
「どうしてかって聞いてもいつもはぐらかされちまう。つれないだろ?そこがイイんだけどな。」
シーシーとデリーはニヤリ、と笑ってグータッチをする。
「普段の生活で忙しいのよ私は。それがなくても生きていけるしね。」
デリーは初めての明言に面食らっていた。ハクはちらりとシーシーを見て、急に彼女がサキュバスだと思い出し…なんだか照れ臭くなって、すぐ目をそらした。
「それに 」
シーシーがそう言いかけると、後ろを歩いていた客がハクにぶつかり、酔っぱらいのすみませんという言葉と共にシーシーの一言を聞き逃す。
「ごめん、聞こえなかった。」
「…ううん。しょうもない話だから。」
前髪に隠れたその表情は酒のせいか、少し切なそうに見えたように思えた。
どうして俺はこの世界で一人人間の姿なのだろう。
もし何か異形の姿であれば、先ほどの彼女の言葉の続きを聞けただろう。
なぜかそんな気がしてならなかった。
…俺は人間の世界に帰りたいはずなのに。
自分の中に巡る言葉たちがどんどん矛盾していく。ハク自身、それを反芻することもできずにモヤついていた。
「まぁ、何が起きるかわからんさ。これからまだ色んなことがあるだろうよ。」
いい奴と友達になれたりな。そう言ってデリーはハクと再び乾杯をする。ハクの目線を感じてか、シーシーはミントを咥えてそっぽを向き鼻歌を歌っていた。
「ハク君は、どこでシーシーと出会ったの?」
ぎくり。突然のマスターの言葉にわかりやすく動揺してしまう。あの、その、とせわしなく視線を泳がせていると、それはね、とシーシーは咥えていたミントを手に取る。
「この子迷子なの。私が海岸で拾ったの。」
ハクの飲み干したビンにミントを挿し、不敵に笑う。
「海の向こうから来たんだって。それ以外はわからないんだって。」
「なんだ、そうだったのか。おめぇ苦労してんだな、ハク。」
デリーは妙に感心しながらまじまじとハクを見つめる。何とも言えぬ表情でこくりと黙ってうなずくハクを見て、シーシーはまた口の端で笑っていた。するとマスターはじゃあ話が早いじゃない、とショットグラスをしまいながら振り向く。
「王様はこの国で起こったこと、なんでも知ってるもの。きっとハク君のことももう気付いてるんじゃないかな。」
あちゃ~そうだった、と雑にリアクションするシーシーにハクは文字通り顔面蒼白になっていた。
(ど、ど、ど、ど、どうするの)
(大丈夫だよそんなに焦らなくても。もしダメだったらハクが海岸で目を覚ます前に捕まってただろうし。)
確かにそれはそうだ。
だが、だからこそ余計に怖い。
何故放置されているのか。そういうプレイなのか。もとい、しきたりなのか。
自分の中で異世界の恐怖の国王像が完成しつつある。もう、絵にもかけない恐ろしさだ。
自ら身を差し出すのを、舌なめずりしながら待っているのだろうか。
やばい、恐怖で頭がおかしくなりそうだ。
「だ~いじょぶだって。私がいるから。ッくく、そんなに震えなくても。」
どんどん青ざめる俺の顔を見て彼女は少女のように笑った。飄々としているが、嘘はつかない。俺は彼女がいないとこの世界で生きていけない。ちゃんとそれをわかっていて言ってくれているのだ。
「しゃーないな。行きたかないけど、王様のところに行くか。」
シーシーはうーんと背伸びをしてグラスに入った氷を頬張り、ガリガリと噛み砕いた。
そんなに怖い人じゃないから。とマスターは柔和に笑いながらハクの肩をポンポン、と叩く。
「あれ、でもしばらく居ないんじゃなかったっけ。確か隣国にお呼ばれしてるから…」
マスターがそう言うと、デリーもああそうだな、と続ける。
「まだ1週間くらいかかんじゃねェか。」
二人の言葉を聞いてハクは少しほっとした。
まだ心の準備ができていない。1週間あれば十分だ。ハクのコロコロ変わる表情を見てシーシーはまた笑っていた。
「ま、のんびり王様待ちましょうや。」
騒がしい店内をBGMにしながら、ハクは遠いようで近い1週間後に思いを馳せていた。
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