8迷 それ は なんだ 2




 シーシーは歩きながらたくさんのことを教えてくれた。

 シーシーの住んでる巨大樹の始まり、この国の人口、聞いたこともないハーブの育て方。

 どれもすごく興味深かったけど、なぜか何かを話すことを避けているような、質問されるのを拒んでいるような感じだった。

 俺はそのシーシーの意向を汲み取ったフリをしてなるべく質問をしないように、へえ、そうなんだ、と相槌を打ち続けた。


 日が傾いてから時間がたち、空も徐々に赤く染まっていく。

 デリーが昔起こした酒の大失態話を聞いていたら、シーシーは笑いながら前方を指さした。

「ほら、噂の狼さんの登場だよ。」

 ちょうど目の前にはパブのドアに手をかけ、なんだぁ?とこちらを睨むデリー本人がいた。

「デリーはその事件があってからお酒飲んでないの。」

 デリーはおいまさか…と顔を歪ませる。

「シーシー、あの話したんじゃないだろうな…」

「あれ、ダメだったの?ごめん、全部話しちゃった。」

 シーシーは悪びれているのか微妙な顔をして、けろっと謝罪する。デリーははあぁ~と深いため息をついてもうおしまいだ…と頭を抱えた。ハクはその姿を見て、なぜかすごく悪いことに加担したような気分になり、慌ててフォローする。

「あの、そんなひどい話じゃないですよ。僕もそういう失敗はありますし、全然気にすることないですよ!」

 するとデリーはそ、そうか?と泣きそうな顔を上げ、ハクの肩を力なく叩いた。

「おめぇ、いいやつだな…よし!いい奴には酒をおごる!それが男デリーよ!」


 入れ入れ!と半ば強引に二人をドアに押し込む。店内はすでにたくさんの客でにぎわっていて、ハクは異世界の酒場に少し気圧されていた。

 シーシーには特等席があるのか、迷う様子もなくカウンターに着く。

「やぁシーシーじゃないか。いつぶりかな。」

「さぁ?数字数えるの得意じゃないんだ。モヒートのミントましましで。」

 マスターは長い六本の腕を器用にカウンターを巡らせながら相変わらずつれないね、と苦笑した。ハクは何を注文しようか、とオロオロしていると、デリーはハクの肩に肘を乗せ自慢げな声で言う。

「なぁ、この紳士にいい酒を奢りたいんだ、いいのあるかい?」

「デリーの新しいお友達かい?ちょっと待っててね。」

 マスターの後姿を見てハクに満面の笑みを見せるデリー。…の肘を、ハクはフードがずれないように必死に抑えながらぎこちなく笑顔で答える。

「シーシーもいいやつだから、類は友をなんちゃらだな。俺はハクと出会えて嬉しいよ。」

 狼男の連続萌え発言に、ハクは思わず惚れてまうやろ…と心の中で呟いた。


 すべての物事が顔に付随してきた。

 イケメン”なのに”性格もいい。

 イケメン”だけど”冗談も言える。

 俺は俺として見られたことがなかった。個人として人格云々に触れられる前に、全ては見た目から入る。

 もちろん、好かれる見た目であるということに関しては親に感謝している。自分の顔だって嫌いじゃない。

 だけど、皆がそう言えば埋もれていく個性を、俺は自ら見殺しにした。

 俺は、自分がどんな人間か知らなかった。

 だけどこの数日間でどんどん色付けされるように…魂がカラフルになった気がする。


 見た目の関係ない世界って、こんなにも気持ちがいいものなのか。




「はい、ジェントルマン。」

 マスターの声にハッと現実に戻る。目の前には透明のビンに淡い乳白色の液体が入っている。

「あら。にピッタリのお酒じゃん。」

 シーシーはニマ、と口角を上げてカウンターに肘をついた。ハクはそっとビンを持ち上げると、じゃあ!とデリーはオレンジジュースがなみなみと入ったジョッキを掲げる。

「俺たちの出会いに!」

「で、出会いに。」

 にゃはは、とシーシーは砕けて笑いながらも、少し照れ臭そうにグラスを掲げた。

 コクコクと飲んだ酒はほんのりと甘く、まろやかな味と舌ざわりになぜかハクも少し照れ臭くなった。

「ねぇ?マスター。人間に詳しいやつとか知ってる?詳しい話でもいいや。」

 突然のシーシーの話に、ハクは少しどきりとする。何の前触れもなく飛び出た質問にも、そうだねぇ、と臨機応変に対応するマスター。

「この国にも元人間なんかザラにいるけど、最近はあんま新しいやつは見かけないな。」

 ハクは汗ばんだ手でビンを握りしめる。

「この国で一番若いと言えば、王様かな。ああ、城にも大きな図書館があるしね。行ってみたらどうだい?一般も入れるはずだよ。」

 異世界の王…恐ろしくて想像もできなかった人物。城もどんないでたちなのだろう。RPGの魔王の城みたいな感じだったら…ハクはぶんぶんと頭を振る。

「なんでいきなり人間なんだぁ?今まで全然興味なかったじゃねぇか。」

 デリーは空のジョッキでコツコツとテーブルを叩く。

「まぁ…色々あるわけよ。ね。」

 グラスの氷をつつきながら適当な返事をするシーシーに、らしい濁し方だな…とハクはニヤつく口の端を抑えていた。





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