7迷 それ は なんだ




 どんよりとした空気をまとったハクは、シーシーに気を使わせまいと無理に口角を上げる。

「買い物、なに買うの?」

 あ、ああ…とぎこちなくシーシーは辺りをキョロキョロと見回し、調味料と、保存用のお肉と…と市場に足を向ける。

 居候させてもらっている間は、家主に迷惑をかけたくない。それに、どんなに深く考えたところで、今の俺にできることなんかない。開き直るしかないのだ。 今は異世界の市場に並ぶ色とりどりの何かに目を向け、驚くので精一杯だ。

「お砂糖とスパイス、それから…」

「あの美味しいハーブティー、あれはどこで買ってるの?」

 何気ないハクの質問にシーシーは持ってきた瓶に砂糖を詰めながら、あれはね、とクスリと笑う。

「ウチで育てたハーブだよ。あの大きな木の下は畑になっててね。自分で食べるぶんの野菜は大体あそこでとってるの。」

 へー、自家製なんだ、とハクは様々なスパイスの香りを楽しみながら微笑む。シーシーはその横顔を見て、なんだかこそばゆい気持ちになった。

「ハーブティー、美味しかった?」

「うん。俺ハーブとか好きなんだ。野菜とか、自家栽培が好きでさ。俺の実家が農家で、小さい頃から農作業を手伝うのが好きで…」

 突然途切れた話に、シーシーは思わず顔を上げる。ハクは遠くを見つめながら魔法がかかったように静止していた。

「…ハク?大丈夫?」

「あ、いや、ごめん。田舎の家の話、誰にもしたことなかったなって。」

「誰にも?」

 ハクはあはは、と乾いた笑をしながら続ける。

は、都会生まれの都会育ちなんだ。確かに、14の時から都会で暮らしてたからあながち間違いじゃないんだけど。」

「ハクはハクじゃないの?」

「…うん。は田舎で暮らすのが夢だった。大人になったら、じいちゃんの農家を継ぐもんだと思ってた。」

 シーシーは、話の半分以上わからなかったが、ハクが思いの丈を話しているということはよくわかった。あまり人とかかわることがないけれど、真実を語っている顔は何となくわかる。

「今の仕事は好きだよ。イケメン俳優渋谷ハク。誰もが羨ましいと思う仕事だし。」

 なりたい顔ランキング殿堂入り、美容外科医が注文される顔ナンバーワン、なんだかよくわからないけどずっと造作を褒められる人生だった。

「でも、ずっとは続けられない。頭の端では思ってた。だからってそんなわけにもいかないんだよな。」

 だからこそ、その想いは頭の端のまま封印した。考える前に次から次へと仕事が舞い込んでくる。俺は渋谷ハクとして生きなければいけない。世間からそう言われている気がした。

「今さ、こんなにも非現実的ですごく恐ろしいのに、どこかホッとしてる自分がいるんだ。変だよな、ごめん。帰りたいとかホッとしてるとか、どっちなんだよって…」

 自虐的に笑うハクに、シーシーはそんなことないよ、とハクのパーカーを掴む。

「あんまりウマいこと言えないけど、なんつーか、人生ってそんなもんだから。」

 彼女は遠くを見つめそう言って歩き出す。ハクは少し考えたあと、なんだそれ、と笑いシーシーが持っていた荷物を持つよ、と受け取る。

「サキュバスに人生観のこと言われてもな。」

「甘く見なさんな。これでもあんたよりだいぶ年上なんだから。」

 シーシーは鼻でフフン、とあざ笑うかのようにハクを指さす。ハクはなんだかむっとして、負けじと好戦的に返す。

「2,3個上とかだったらそんなん年上の域じゃないからな。つーか俺、幼く見えるけど24だからね?」

 シーシーはハクのどや顔を上回るしてやったり顔で、おいおい、年長者を敬いたまえよ、とハクの肩を叩く。

「私、521歳だから。」

 ハクは沈黙の後、観念したように小声で御見それしました、と呟いた。





「さて、買い物はこんなもんかな。」

 あれも買ったし、これも買った、と指さし確認しながらシーシーは町の時計台に目を向ける。

「あら、もうこんな時間だったのね。ハクお腹空いてない?」

 ハクはそう言えばといったように腹に手を当て、うーんと首をかしげる。

「なんか朝あほみたいに食べちゃったから、よくわかんないや。」

 白い歯を見せながら照れたように笑うハクに、なんだそれとシーシーも吹き出す。昼ごはんにしては遅すぎるし、晩ごはんにしては早すぎる。この何とも言えない時間と空腹感に、シーシーはどうしようかねとおでこをポリポリとかいた。そして少しの間のあと、あ、そうだった!と顔に「解決済」とハンコを押したように分かりやすく安堵する。

「ここからデリーの言ってたパブまで結構あるんだよ。ぶらぶら散歩がてら向かおう。そしたらちょうどいいでしょ。」

 よかったよかった、と言わんばかりに歩き出す。自由奔放でぶっきらぼうだが、なぜか許してしまう魔力を持っている。ハクはお互いにこんなに荷物持ってるのに…と思ったが、鼻歌を漂わせながら歩く彼女を見たら、散歩も悪くないかなと思ってしまう。

「そー言えばさぁ、質問なんだけど。」

 シーシーは歩きながら投げかける。ハクはんー?と散歩を楽しみながら少し上機嫌に返事する。

「”いけめん”てなに?」


「え、結構前の話!」





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