6迷 これから どうする 3




「え?え?”できない”ってなによ。できないじゃないでしょ。」

 ハクはお手本のようにうろたえる。あまりにも簡潔に書かれすぎて、ツッコむ言葉も簡潔になる。

「ま、待って。違うのも見てみよう。まだ決まったわけじゃない。」

 シーシーも慌てて新しい本をパラパラとめくる。

「えーとえーと…ん?!”人間界と我々の世界の時空の間は幾重にもなる層となっていて、能力を持つ者も振り落とされれば戻れる保証はない。つまり、人間がこちらに干渉、または認識することは不可能であり、万一できたとしても人間として戻ることは困難を極める。”…」

「してよ認識!困難を極めてないでどうにかしてよ!」

「私に言われても!」

 まるでコントのように慌てふためく二人。

「ちょっとぉ~大きい声出しでどうしたの?静かにしてちょうだい。」

 ランカは本から目を離すことなく、けだるげに二人を叱る。二人は冷や汗を額にかきながらひそひそと頭を寄せる。

「ていうか、シーシーってサキュバスなんでしょ?人間の世界に行けるんじゃないの?」

「あれは人間が寝てるときに思念に入り込むんであって、人間の世界に体ごと行ってるわけじゃないんだよ」

「どえぇ~…そんなシステムなの?」

「よく知らない私人間のところ行ったことないし」

「そうなの?!」

 もう!とランカは本を閉じこちらに来る。

「うるさくて集中できないんですけど。あとひそひそもやめてちょうだい。いったい何を企んでるんだか知らないけどすごく気になるわ。」

 ビシリと指をハクの鼻に突き立てられる。

「あ、ラ、ランカは私よりだいぶ年上だよね?」

 シーシーはお茶を濁すように慌てて話をそらす。ランカはあん?と右眉をピクリと上げる。

「失礼ね、ちょっとよ」

「そのちょっとの間に、人間がここに来たことってあった?」

 人間がくるぅ?と素っ頓狂な声を出し、頬に人差し指をトントンと当ててそうねぇ、と黙り込む。

「現王もそうだけど、前の王様もだったのよ。」

(今の王様って元人間なの?)

(そう。着位したときはもう今の姿だった)

 小声でシーシーに尋ね、ハクはまだ見ぬ異世界の王に思いをはせる。どんな恐ろしい姿なのだろうと身震いした。

「でも何故か前王はしばらく人間の姿だったわね。二百年くらいかしら。」

 なんでかは知らないわ。とお手上げポーズを取り、口をへの字に曲げる。シーシーはあんぐりと口をひきつらせ、不安の眼差しをハクに向ける。

「じゃあ、ハクもそのうち…」

「こ、困る!!」

「どうしてそんなこと聞くの?」

 ランカはハクをチラリと見て、シーシーに投げ掛ける。シーシーはいやぁ、と頭をポリポリとかいて目を逸らす。

「あんた、やっと人間に興味持ったの?」

「うーん…どうかな」

「サキュバスなのに人間襲ったことないなんて。デリーも狼なのにお肉は苦手だって言うし、変な人たちが多いわねこの町は。」

 嫌いじゃないけどね、あんたのそういうところとランカは笑ってみせる。

「前王もきっと決めかねてたのね、この世界の神様が。もしかしたら、人間のままでいいんじゃないかって。」

「結局前王はどんな姿に…?」

 ハクはどんどん重たくなる口をやっと開く。これは知っておかないと、もしかしたらもしかするかもしれない。ハクはゴクリと生唾を飲んだ。

「天使って知ってる?あの姿に似ていたわ。真っ白な翼、輝く後光。結局、前王が亡くなったときみんな口を揃えて"天国に行ったんだ"って言ってたわ。」

 ランカはまるでおとぎ話のページをめくるように語った。

「偉大な王様だったもの。この国のみんなが王様が好きだった。」


 偉大な王は民の期待を胸に、時を経て天使になった。

 ならば俺は?

 もし、何かの姿に変わってしまうのであっても、俺はきっとそんな高尚な姿にはなれない。

 俺にはなにもないからだ。


 呆然としたハクを横目に、シーシーはもうこんな時間、とひきつった口元で笑う。

「ありがとうランカ。そろそろ買い物行かなくちゃ。また来るね。」

「いつでもどうぞ。お連れ様もね」





 ランカの店を出て中心街に向かうと、人の波はさらに大きくなる。活気に溢れた町はどこかハクを置いてきぼりにしていくようだった。

「ハク、ごめんね。なんもわからなくて。」

「シーシーが謝ることじゃないよ。むしろ付き合わせてごめん。ありがとう。」

 迷子防止にと握りしめた手は冷たく、どこか他人事のように話す目線も落ちたままだった。どう声をかけていいかわからない。解決策を探しに行って、更に深い霧の中に飛び込んだみたいだ。

「帰れるその日まで、ずっといていいからね。ずっと探そう、きっと戻れるから…」

「ごめん。ちょっと整理させて。」

 いつもはうるさい程ざわめく町並みも、今のシーシーには酷く静かに感じた。













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