5迷 これから どうする 2
「町まで飛ぶと目立つから、少し手前で降りるよ」
森を抜け、城下町の景色が見えたところでふわりと下降する。すとん、と足が着き、足にずしんと重力を感じているととシーシーは隣に降り立ち、髪をかきあげ翼は背中に吸収されるように消えていった。
まだ中心街に入ってはいないが、石畳に補整された道路は栄えた町を現している。
「ここから15分くらいかな。古本屋に行ってみようかなって」
異世界にも古本屋があるんだな、とハクは黙って頷く。
「シーシーじゃないか。今日は買い出しかい?」
歩き出した途端突然後ろから声をかけられ、反射的にハクはシーシーの後ろに隠れた。声の主はゆうに2メートルはありそうな背丈に、全身に灰色の毛並みを調わせた…所謂狼男だった。
「お?友人とショッピングか?後ろに隠れてないで出てこいよ。俺ぁシーシーの顔馴染みだぜ。」
(大丈夫、この人はハクを食べたりしないよ)
シーシーがニヤけながら耳打ちし、ハクの無意識に握りしめた手をほどく。
「デリー、ハクはちょっと人見知りなんだ、許してあげて。後でパブに寄るからさ。」
待ってました!とデリーと呼ばれた狼男は指を鳴らす。
「シーシーが来ると店に華が出るぜ!みんな次はいつ来るんだって言ってたんだ。ハク?…なんせシーシーのツレだ、一杯くらいなら奢るぜ」
ビシッと指をさされる。よくわかんないけど、いい狼だ。シーシーは有名人なんだな。結構モテるみたいだ。ハクはまだ気圧されながらも、小さい声でお礼を言う。
「ありがとうございます、デリーさん」
「デリーでいいぜ兄弟。じゃあ夜待ってるからな!」
めちゃめちゃいい狼だ。得体の知れないヤツに酒を奢るなんて。
「この町はデリーみたいに気のいい人ばかりだよ。栄えてるし、そんなに強ばらなくても大丈夫。」
シーシーはそっとハクの手を握り歩き出す。最初に強ばらせるようなことを言ったのはシーシーだが、掌の温もりで不安な気持ちが取り払われるような気がした。
「町は人が多いから、迷子にならないようにこのままでいよう。」
サキュバスと言えど、女の子と手を繋いで町を歩くなんて。ハクは純朴な少年になった気分だった。何せ、ハクは女性と付き合ったことがない。恋したことはあるが、恋人が居たことがないのだ。全て仕事、渋谷ハクでいることの二の次だった。
こんなにも、ワクワクするもんなんだな。
「見えてきたよん、あのボロっちぃ店」
いきなり失礼なシーシーが指したのは、確かにお世辞にも綺麗とは言いがたい佇まいの店。看板は傾き、すすけてよく見えない。小さな窓は埃をかぶり、中の様子は全くわからない。
軋む木製のドアを開け放つと、独特の古紙の臭いに包まれた。ステンドグラス調のランプが至るところに点在し、キラキラと薄暗い店内を照らしている。
「ランカ、居る?シーシーだよ~」
「はいは~い」
シーシー以上に間の抜けた声で返事をするのは、エプロン姿の…女性だった。濡れた黒髪をハーフアップにし、手足に艶めく緑の鱗をまとい、爬虫類に似た黄色の瞳は本から目を逸らすことはなく。
「あれ?シーシーじゃない。」
「さっき言ったがな」
「いらっしゃい。珍しいのね、お客さん連れて来るなんて。今取り寄せた本がちょうど届いてたから、ごめんね?」
パタンと本を閉じ、なにかご用?と本が山積みにされたテーブルに手をつく。
「人間に関する書物が見たいんだけど」
「あら、ランカの店にない本なんてないわよ」
ランカはふふんと自慢気に片眉をあげて微笑む。確かここの棚が…と言いながらずんずんと奥に進むので、二人も無言でついていく。
「ああ、そうね。ここら辺がだいたいそうよ。」
古びた本棚に、大きさも厚さもバラバラで、様々な言語で書かれた本たちは埃をかぶって並んでいる。手に取れば年代もバラバラなようで、古びて頁が取れかけているものもあれば、カバーもあり新品同様のものもある。
ランカは用がすんだら言ってちょうだい、と店先で本を再び読み始めた。
シーシーは手に取ってパラパラと眺めるように読んでは、うーむと眉間にシワを寄せ、手当たり次第に漁っていく。
「禁魔術…美味しい食べ方…歴史…これか!」
美味しい食べ方も少し気になるが、シーシーの目線の先にハクもかぶりつく。
「ふむ、"この国は人間から転生したものも多く、死すれば心の形がそのまま転生の姿になる。卑しき者は蛇になり、寂しき者は狼になる。自ら命絶つ者は、この国に入ることはできない。"」
ハクは小さく息をのんだ。ちょっと長いから中略、とシーシーは指で文字を追う。
「ん、…"この世界の住人は人間界に接触することはできるが、人間がこちらに接触することはできない。"」
「…」
「…」
「できないの?!!??」
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