4迷 これから どうする



「ん…」

 まるでファンタジーのように鳥の歌声が響いている。薄く目を開けると、昨晩星を降らせた窓からは太陽が顔を出していた。

 いい香りだ。パンの焼ける、落ち着くような香り。ハクはまだ自分が夢の中だと錯覚していた。こんな光景なんて、夢じゃないと体験できないはずだから。

「ああ、おはよう。今起こそうと思ってたんだよ。」

 紫の瞳が柔らかくこっちを見た。そこに顔洗う水が置いてあるから、とベッドの隣に置いてある桶を指す。桶に手を浸し、冷たさに目が覚め…じわじわと現実が戻ってくる。そうか、

「さあさあ顔を洗ったらご飯だよ。」

 顔を拭いたタオルを椅子にかけ、ハクはシーシーの向かいに着く。

「「いただきます」」

 表面の焦げたパンには、粗く砕かれた木の実と、赤く酸味の効いた果実が入っている。サラダには鶏ハムが乗っていて、噛み締めるごとに肉汁があふれ出す。シーシーは青に透き通るハーブティーを一口飲んで、無我夢中で食べるハクを見てクスリと笑った。

「そんなにかっ込まなくても、パンは逃げないよ。」

「あ、いや…あまりにも美味しくて。」

 ハクはハムスターのように膨らんだ頬を赤らめ、ハーブティーを流し込む。

「ふーん、今の人間界のご飯は美味しくないのかね。」

「えーと、そんなことはないと思うよ。ただ…俺がそう思えるメンタルじゃなかったんだろうな。」

 今の、というセリフが気になったが、自分の心境の変化に驚いていた。

「ま、美味しいならいいさね。自分の作ったご飯を美味しいって食べてくれる幸せも味わえる。いい日になりそうだね。」

 ハクは再び赤面した。自分の幸せが誰かの幸せになることもあるのか。それをさらりと言われてしまうと、なんだか照れてしまう。

「ふむ、ご飯を食べたら昨日言ってた町に行こうと思うちょる。」

「あ…うん、ありがとう」

「ただね、この国に人間はいないから…ちょっと変装して、あんまり目立たないようにせねばならんな。」

 それなら大丈夫だ。変装で町を歩くのは慣れている。

「とりあえず私の服を着ればいい。一日食べられなかったら褒めてやるよ。」

 ブーっとハクは最後の一口だったお茶を吹く。

「し、食人するやつがいるってこと?」

「まあ、いるよ。でも私がついてるし大丈夫じゃ…ないの…かなぁ?」

「そこは大丈夫だって言いきってくれよ!めちゃめちゃ不安じゃんか!」

「うそうそ、食べられることはないと思うよ。」

 歯を見せて笑うシーシーを見て、ハクまでおかしくなって思わず吹き出す。

「食人するやつは、いるこたいるけどね」

「………」








「さてさて、着替えたかな?」

 ハクはダボついた、麻でできたパーカーに似た服のフードを目深にかぶる。

「よし!ハク、ガレージを開けたまえ。」

 地味に気になっていた、食卓の後ろの大きな扉。まさかガレージだったとは。ハクはロ-プを引き、ガタガタと開けられた初めて出る外を見て驚愕した。

 広くせり出したウッドデッキのような場所から、地面が続くことなく。

「あの…シーシーさんこれ…俺また違う世界に来ちゃったんですかね…」

「いんや、ド現実よ。もしかして高いとこ苦手?」

 ハクはウッドデッキの下を覗き込み、声にならない叫びをあげる。

 あるはずの地面は、ハクの目線から50メートル程先にある。そこから視界に収まりきらない程の巨木が伸び、家を包み込むようにそびえているのだ。

「あが、が…こ、これ、今からどうやって降りるの?か、階段…?」

「ははは、そんなん降りるだけで日が暮れちゃうじゃん。」

 こうするんだよ。とシーシーはハクの両腕を掴み、グイとデッキの下に突き出した。



 絶叫。阿鼻叫喚。もう、号泣。

 まさか、一日かけて信頼させておいて、こんなむごい殺し方をするとは。



「ほら、風に乗って。力抜くんだよ。」

 シーシーの優しい声に、ハッと我に返る。

 豊かな森の上を、鳥のように。

「っあ、ああ…!」

 振り返ると、シーシーの背中から生える鈍い紺色の鳥に似た翼で、悠々と風を切り、俺たちは飛んでいた。

「すっげぇ…!飛んでる!!」

「はは、そんな顔で笑うんだね。かわいいじゃん。」

 かわいい?笑った顔が?そんなこと、言われたことない。

「あはは!最高だよ!シーシー!」


 なんていい気持ちなんだ。





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