3迷 ここ は どこ 3




「ごめんね、男モンの服ないからテキトーに着てくれる?細いから入るでしょ」


 シーシーはめぼしい寝間着をぽいぽいとベッドに投げる。

 ログハウス調のがらんとした広い部屋に、吹き抜けのような大きな窓から夜が覗く。窓といってもガラスが張られることはなく、帳はそのまま優しい風となり部屋に入ってくる。いそいそとハクはシーシーの持ってきたTシャツに袖を通し、ベッドに座る。

「さぁさぁ寝よう。夜が来たら寝る。なんて幸せなんだろか~」

 シーシーは歌うようにランプを消し、騒がしくベッドに入った。星空が二人を照らし出す。

「え?俺どこで寝ればいい?」

 思わず立ち上がるハクに、シーシーはえー?と心底めんどくさそうにタオルケットから顔を出す。

「うちには客用ベッドも寝られるようなソファーもないんだよ。そしたら寝るとこはここしかないでしょ。」

 シーシーは自分の隣の空いたスペースをパン、と乱暴に叩いた。

「で、でも!」

「そこそこベッドは広いつもりなんだけどねぇ。嫌なら床で寝な。」

 ハクの懸念とシーシーの悪態は噛み合わない。おやすみ~と掛布をかぶり直し目を閉じるシーシーの隣に、んもう、と観念したようにハクも寝そべる。


 サキュバスって聞いたから…よからぬことを想像してしまった。


 自慢ではないが、この顔に生まれて女に、なんなら男でも不自由などなかった。まさに入れ食いと言っても誰も文句を言うまい。だけど、そんなに色恋に興味がなかったし、仕事は忙しいし、スキャンダルは名前に傷がつく。それに…俺の顔が目的の人たちは、みんな同じ顔に見えた。


 そんな自分でも、サキュバスがどんな悪魔なのかは知っている。

 とある書物では、精根尽き果てるまでまぐわう。とある物語では精力と共に心まで奪われ廃人にされる。


 そんな淫魔が、人間の隣でこちらには目もくれず我先にと寝ようとしている。その理由は定かではないが、家主が寝たいのであればそのほうがいい。ハクは上を向き、大きく息を吐いて満点の星空を覗いた。

「シーシー…ありがとう」

「んあー…何が?」

 むにゃむにゃと天井に向かって話すハクに体を向ける。

「浜辺で助けてくれたこと、まだお礼言ってなかったから」

「んん…いいって。私も久しぶりに誰かとご飯食べて楽しかったよ」

「俺も…こんな風に誰かの家でのんびりメシ食ったの久しぶり」

 売れっ子俳優として、高価で豪華な食べ物は日常だった。小さいころからスクリーンで見てきた顔ぶれや、その実力は海外にも轟く監督たちと、星の付くレストランでの”会食”という名の品定め。気品よく食べ、ゴマを擂らなければ例え顔が良くても次回作につながらない。

 今日の晩飯は、俳優になって初めて”温度”と”味”を感じた。

「これからどうすればいいんだろ」

 するりと出た言葉は虚空に消えていく。シーシーはおよそ表情のないハクをただ見つめる。

「……しばらくここにいれば?行き場もないだろうし、私も話相手が欲しかったし」

「…ありがとう、何から何まで」

「ふあぁ、明日は町に行ってみるかぁ。買い出ししたついでになんかいい話聞けるかもよ」


 異世界の町。その台詞にハクは身構えた。どんな異形のものが住むのだろうか。それともサキュバスだらけなのか?多分…自分の頭では想像し得ない世界なのだろう。

「あと…最後に質問していい?」

「んむ、聞いたら寝るんだよ」

「うん。晩ご飯のメインディッシュ、あれなに肉?」

「うさぎ」

「うさぎか……」

「はい、おやすみ。」

「うん…おやすみ」

 静かなまどろみの中で、ハクはシーシーの寝息を聞いていた。とてつもなく不安にかられるのに、どこかホッとしている自分がいた。





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