2迷 ここ は どこ 2
「…今日何日だ?」
陶器のような顔に皺を寄せ、力なく呟いた。サキュバスはとんとんと野菜を切りながら日付のことぉ?と間の抜けた声で返事する。
「うーん、あんたが来てから1日と半分。季節は夏だよ。」
夏だったら、ほとんど現世と一緒だ。
「西暦とか…ないですよね。」
「セイレキが何のことかはわからないけど、暦のことを言ってるんだったら、現王が継承した時から387年目だよ。」
ああ、とんでもない数字が出てきた。異世界っぽさがえげつない。
「あの…」
「質問いったんやめない?お腹すいたでしょ」
彼女はそう言いながら、テーブルに乗せた鍋からカラフルな野菜がちりばめられたスープを木の器によそう。チキンベースに見える金色のスープにくぎ付けになっていると、メインディッシュが目の前に置かれた。何の肉かはわからないが、食欲をそそる香りが鼻腔をかすめる。うわ、料理を目前にしたらすごく腹減ってきた。
「食べましょ食べましょ。お客さんなんて久しぶりだなあ。いただきま~す」
「いただきます。」
郷に入っては、と思い、ハクは観念しておとなしく食べ始めた。
見たこともない野菜のサラダ。嗅いだことのない香りのスパイスが使われたスープ。ミディアムレアの肉はハーブをまとい、シンプルな味付けがうまみを最大限に引き出している。どれも新鮮なのに、妙に懐かしく感じた。口に運ぶ度に、身体中にエネルギーが染み渡るようだ。
「どう?お口に合いますか?」
「あ、どれもとってもおいしいです。あの…名前、まだ聞いてなかったなって。」
ハクは恐る恐る伺うように彼女の顔を覗き込む。ああ、確かにね、とサキュバスはトーションで口を拭う。
「シーシーです。あんたは?」
「ハ、ク…です、渋谷ハク」
特に深い意味はないが、芸名で答えてしまった。咄嗟に出てきたのが本名じゃないなんて。ハクの一瞬の迷いを知ってか知らずか、シーシーは覚えやすくていいね!とグラスのハーブティーをグイっと飲み干した。
「つーか、敬語じゃなくていいよハク。人間の数え年とか知らないけどさ。見た目おんなしくらいだもんね?」
シーシーは頭をポリポリとかき、サラダも全部食べるんだよ、と母親のように口を尖らせた。
ダメだ、まだ頭の中を整理しきれない。
目の前には…背中まで届く銀色の髪には牛のような角が生え、曇り空に似た灰色の肌に薄紫の瞳が美しい…サキュバスが。…どうして俺はサキュバスと一緒にのんびり飯食ってんだ。
「…シーシー」
「あいよ」
「俺は死ん、だのかな」
ハクは落ち込むでもなく、自分に言い聞かせるように問うた。
不慮の事故と言えばそうだ。だが、あまりにも実感がない。
「さあ?人間が流れ着いたのは初めてだから。この国に人間が迷い込んだってのも聞いたことないね」
ごちそうさまでした、と彼女は食器を片付け始める。サキュバスは皆こうなのか、彼女が飄々としているだけなのか。
「死んだら、地獄か天国に行くんじゃないのか」
「さあ?私は地獄も天国も行ったことないしね」
「ここは、あの世なのか?」
デザートにフルーツ食べる?とちょっとニヤニヤしながら赤い果実を差し出される。真面目っぽい話してんだぞ。聞いてんのか。
ハクはどおっと椅子にもたれかかる。
「はあ、やっべ全っ然わかんねえ。…このフルーツうまっ!」
「いんじゃね?てかしゃーなくね?考えてわかんないもモン考えたところで時間食うだけだよ。何にもできないなら何にもしない。これが自然の摂理よ」
シーシーはッドッカリと椅子に腰かける。
「日が暮れたら脳みそ休めて明日にそなえる!な。」
シーシーはくああ、とあくびをした。
ハクは大きな口から覗く青い舌が少しセクシーだな、と遠くで考えていた。
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