1迷 ここ は どこ




 聞いたことのない鼻歌が聞こえる。

 異国情緒にあふれているのに、どこか懐かしいような。ハクは薄く目を開けて頭をよじる。まるで二日酔いの朝の目覚めだ。体が重だるいし、頭もガンガンする。うまく力が入らない。

 あれ?俺何してたんだっけ。ベッドに寝てるけど……今日は映画の撮影で海に……


「ホええぇ??!?」


 ハクが聞いたこともない間の抜けた叫び声をあげると、鼻歌の主は漫画よろしく肩をビクつかせた。

「なに?"ホええぇ??!?"って。ドジっ子美少女キャラか」

「いや、え?あの、は……?俺…?」

 鼻歌の主である謎の少女は、鍋をテーブルの上に乗せ、ハクがいるベッドの上に座った。

「どこから説明してほしいのかさっぱりわからん。ゆうて私もよくわかってないけどね?」

「あ、あ、つ……つの」

「角?」

 少女のこめかみから長く伸びる牛のような角が目にとまった。頭が混乱して、とりあえず口に出してしまった。

「これは……うん、角だよ」

「角、ですね……」


 中身のない会話だ。ハクはまだ冷静になれない。


 なので回想シーンを挟むことにする。

 ハクが飛ばされた世界に注目したい。











 少女は火曜日、浜辺で魚を釣りに来る。

「やぁ、今日もいい天気だな」

 ふと、いつもの景色とは違うものを目にする。

「ん?」

 近付いてみると、人間の男性とおぼしき生き物が波打ち際に打ち上げられていた。

「あれぇ?人間が落ちてる」

 つついても叩いても返事がない。気を失っているみたいだ。

「拾っとこ。」




 ~回想終~




「いや終わり!?みじかっ!回想する意味ないじゃん!」

「なんだよ~うるさい奴だなぁ。そらそうだよあんた気失ってんだもんさ!」


「ていうかあなたなんなんですか!!」

 ハクはやっとここまで脳ミソが起動してきた。やっと本題に入ることができる。なんなんですか、もあまりないタイプの質問だが、質問者の脳ミソが起ききるまで待ってほしい。

「種族のこと?サキュバスですけど」

 あっさり。

「ですけどって…ここはどこなんですか?」

「私の家」

「私の家は…どちらにあるんですか?」

「第4公国と第37共和国の間、の森のちょっと公国寄り」

「だい…?こう、こく……?えと……」

 ハクは頭を抱える。ヤバい。頭がはっきりしないままの方がよかったかもしれない。


 目の前にはサキュバス。

 名前も知らない国。


「これってまさか」

「異世界転生?」

 サキュバスはニヤ、と指差す。

 ハクは大きなため息をついた。



 異世界転生とかって、オタクが現世でなんにもなし得ないから行くもんじゃないのか。行きたい人が行くんじゃないのか。なりたい奴がなるんじゃないのか。いわゆる現実逃避の一環じゃないのか?なんでこの俺が。国宝級イケメンで世間から引く手あまたで、大忙しのこの俺が?俺は異世界に行きたいなんて微塵も思ったことないぞ。現状に満足してるし、何かの能力もいらない。冒険とかもしたくないし何かを倒したくも…


 …ていうか、俺は死んだのか?



「大丈夫?まだ眠いんじゃない?」

「いや、別に最初から眠くはないです。」

 頭はこんがらがっているが妙に冷静である。ていうか俺が眠くて寝てると思ったのか。

「ああそう?ちょっと料理の続きやっていいスか?」

「あ、どうぞ」


 どうも~と先ほど奏でていた鼻歌に戻り、フライパンを火にかける。

 サキュバスってなんだよ…どういうタイプの異世界?てか、撮影はどうなるんだよ。契約中のCMだって、まだ録り終えてないものもある。違約金が…。マネージャーはどうしてる?携帯…は撮影中だから持ってなかった。そうだ、撮影中だったから何にも持ってない。これも衣装だし…。

 テーブルにサラダを置いたサキュバスは、文字通り頭を抱えるハクをちらりと見て眉間にしわを寄せる。


「悩むのもわかるけど、長くなりそうだからいったん次の話に進むね」

「え?あ、わかりました」





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