全てを捨てても 4

 ニアの身体が煌めく。二人のいた場所で、薄いガラスの膜が砕けたような破片が無数に飛び散った。

 

 ME変換フィールドを使ったニアの反応が遅れる。背後に現れた私に向けて、しかしコノエは、待ち構えていたかのように傘を突き出した。


「君が分かっているということを、私も分かっているのだよ!」


 突き出された傘が、私の脇腹をかすめつつ後ろへと流れていく。伸ばした右手が、彼の首に迫った。


 取った。


 瞬間そう思い、しかしどこからともなく飛んできた光弾に右手を弾かれる。


「ちっ」


 どこから……


 一瞬気を取られた私の左腕を、ニアの鉤爪が切り裂いた。激痛が走る。しかし、構わずもう一度コノエに手を伸ばした。


 今度こそ。


 そう思った時、突然現れた小さな影がコノエを抱き、そして宙へと消え失せる。間髪を入れずにニアの鉤爪が腹に迫るのを、私は次元シフトでかわした。


 体が重い……痛みに思わず膝をついてしまう。


 顔を上げた視線の先、コノエ青年の傍にはニアの他に、コノエよりも背の低い、子供のような人影が二つ立っていた。


「一体……何人のカミアンが、君に手を貸してるんだ、コノエ君」

「フィスを入れて四人、ですよ、ヤナさん」

「そうか……」

「助けが無ければ、俺は死んでました。もう、気が済んだでしょう?」


 彼の口調に、今までになかったもの……憐みが加わる。


「カミアンが、この世界に後何人残っているのか、君は知っているのか?」

「貴方以外に、あと十二人です」

「そうか……ははは……そうか……三分の一か……」


 自然とこみあげる笑い。それがなぜかは、自分でも分からなかった。


「もう、止めましょう」


 小石を拾って立ち上がり、そして彼をまっすぐに見据える。


「私は止めない。君が止めたいというのなら、私を止めるしかない」


 拳を握りしめ、コノエ青年の方へと突き出した時、後ろから私を呼ぶ声がした。


「ヤナ!」


 振り返らない。今振り返っては、止まってしまう。


「アイサ……出てくるな! 戻れ!」

「ヤナ、ヤナ!」


 歯を食いしばる。歯を食いしばり、そして私は、アイサの方へと走り寄った。


「なぜ出てきた、アイサ」

「だって、ヤナが……」


 アイサが私に抱き着いてくる。そこでアイサは、私の身体を覆う粘性の高い液体に気が付いた。


「ヤナ……血……血が……ひどい傷」

「大丈夫だ。まだ終わっていない、戻っていなさい」

「だめよ、ヤナ……ヤナが死んじゃう」


 アイサは、血で汚れるのもかまわず私を強く抱きしめ、そして泣き始めた。


「ヤナさん、もうやめましょう!」


 コノエ青年の声が響く。


「断る! アイサも、他の子たちも、君には渡さない」


 アイサを抱きしめた。


「私の……私のせい」

「違う」

「私が……私が……ヤナを苦しめてる……」

「違う、違うんだアイサ。悪いのはあいつらだ」

「もうやめて……もうやめてよ、ヤナ……」 


 私の胸に縋りつくアイサの顔を両手で包み込み、そして口づけをした。


「アイサ、離れていなさい」


 アイサの目が見開かれる。頬が、私の血で汚れていた。


「いや」

「必ず、君を守る」

「いやっ、ヤナ!」


 振り返る。コノエ青年はまだ、私を憐憫の情をもって見つめていた。

 アイサを後ろに突き放す。


「ヤナ、だめ!」


 腰を落とす。

 これが最後だろう。

 次元シフトで、突っ込んで……そう思った瞬間、右手をつかまれた。


 驚いて顔を向ける。

 そこに、私が知っている数少ないカミアンの一人、ダークグレーの長い髪を揺らしたアンフィスがいた。


「アンフィス……君まで……」


 ログハウスから洩れる光を、アンフィスの金色の瞳が反射する。昔と変わらない、冷たいように見えて誰よりも深い慈しみを持った、彼女の瞳だった。


「おしまいにしましょう」


 彼女がそう言った次の瞬間、私の身体をいくつもの激痛が貫く。

 アイサの悲鳴が聞こえた。


「ヤナ、ヤナ!」


 しかしもう、体は動かない。

 アイサの叫び声を聞きながら、私の意識はどんどんと遠ざかっていった。

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