全てを捨てても 3

 コノエがムイアンに、そしてニアが私に飛び掛かる。

 彼女に恨みはない。たとえかつてアイサの命を狙った者であるという事実を加味しても。

 ニアにも、勿論コノエにも、自らの正義、そして真実イデーがあるのだろう。しかし、それは私とても同じこと。


 私はカミアンに弓引く裏切り者。

 構わない。

 アイサの為ならば。


 ニアの鉤爪をかわし、腕を取る。そこでニアが消えた。後ろから迫る鉤爪を、今度は私が四次元へと跳んでかわす。


 カミアン同士の戦場は、三次元と四次元の狭間。


 現れては消え、消えては現れる。それがコンマ秒単位で行われれば、およそ人間には見えなくなる。

 そのはずなのだが……ムイアンと戦っているコノエと、幾度となく目が合った。


 その都度、信じられないような光景が私の目に映る。

 カミアンが持つ能力をコピーしているだろうムイアンが、次元シフトからシフトアウトするたびに、そこに現れるのが分かっているかのような攻撃をコノエから受けていた。


 まるで、三次元からでも四次元空間が見えているよう……


 カウンター気味にニアに放った私の蹴りが空振りしたところで、ニアがコノエの傍に寄り、私と距離を取ってにらみ合う形になる。

 その横に、着ている服のあちらこちらに『穴』を作ったムイアンが、『血』のような体液にまみれて立っていた。


「ふふふ、まさかこの私が……最初に離脱することになるとはな」


 コノエを見るエメラルドグリーンの瞳は、もう放つ光を弱め、今にも消えそうになっている。


「その身体から、出ていってもらうぞ、ムイアン」

「いいだろう。だが、まだ終わらぬ」

「いつか、お前の『本体』も見つけてやるさ」


 ムイアンはそれには答えず、ただ笑った。

 コノエは、何の躊躇も見せることなく、右手に持った傘をムイアンの腹へと突き刺す。まるでスローモーションのように、ムイアンは後ろへと倒れていった。


 コノエが倒れたムイアンへと近寄る。動かなくなった体を抱きかかえ、何事かささやいたかと思うと、光を失った瞳を指で覆い、地面へと横たえた。

 と、そのムイアンだった身体が、まるでつなぎとめていたものが無くなったかのように、砂のような細かい粒となり、煌めきながら風に溶けていった。


 彼とムイアンの関係は、私には分からないままだ。しかしそこには、何人も踏み入れることのできない、何かがあった。


めて悪かったな」

「いや、ボクは平気だよ」


 立ち上がったコノエが、ニアと言葉をかわす。そこにも、私には分からない『関係』があるのだろう。


「ムイアンは……死んだのか?」

「あの身体は。でも、消えてはいない。まだ、ムイアンの正体は分からないままなんです」


 そう言って私を見るコノエ青年の瞳にはやはり、何も……例えば復讐をやり遂げたような達成感も、過去を思い出すような感傷も、何もなかった。


「全ての世界の情報の流れが、自分という意識を生み出している」


 そんな彼を見て、私はそう口にする。


「何ですか、それは」

「そのようなことを、ムイアンが私に話していた」


 視線を外し、コノエ青年は何かを考え出した。そしてまた、私に視線を戻す。


「ヤナさん、もうやめましょう」

「ふむ、あの子たちを諦めるのか?」

「いえ……この世界の様々な場所で人工頭脳『ムイアン』が使われている以上、まずはそれを排除するのが俺の目標です。だから、彼女達には『証拠』になってもらいます」

「その後、彼女たちはどうなる」


 その問いには答えようとはしなかった。


「『処分』、されるのだろう?」

「それは俺の決めることじゃない。政府のが決めるでしょう。だからアイサは、貴方が守ってください。約束通り手は出しません。そのかわり、人間との交わりがないように」

「アイサが私の子を身ごもったらどうする。君がその可能性を証明したのだろう?」


 しばらくの沈黙の後、彼が口を開く。


「俺が約束できるのは、アイサ本人だけです」


 この青年は、なぜこんなにも冷たい瞳をしているのだろう。


「干渉されたくないのなら、それ以上は貴方が『管理』してください。子が生まれたのなら、その子を、『適切』に」


 私は、彼の言葉に、こぶしを握り締めた。


「その、人間とも思えない割り切り方が、どうにも我慢ならないのだよ、コノエ君」

「貴方は、あの子まで失うつもりですか?」

「さあ、戦いを」

「ヤナさん、守るべきものだけを見るべきだ」

「続けようじゃないか」


 拳を突き出す。拾っておいた手の中の小石の、僅かな質量がエネルギーへと変換され、二人へと解き放たれた。

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