パンドラの箱 5
「なぜ、私にそんな話を聞かせる」
暗がりの中、エメラルドの瞳が瞬く。瞬きではない、光の点滅。
「お前とアイサのことは、ユーカナから聞いた。お前はどう思うのか、知りたくなった。それだけだ」
「どう?」
「このまま人間が際限なく増え続け、やがてこの世界を滅ぼす。それを黙って見届けるのか」
「それが人間の出した答えであるのなら。干渉はしない」
「カミアンらしからぬお前は、それでよいかもしれぬ。しかし、この世にはそう思わないものも存在する。例えば」
緑色の光が、消える。ムイアンが目を閉じたのだ。
「コノエ」
そこに警戒心は感じられない。私もカミアンであり、ムイアンと敵対する者、であるはずなのに。
心の中を見透かされているような気がした。
「争いなら、勝手にやってくれ、私は干渉しない」
「コノエは、容赦がないぞ。自分の恋人すら、必要とあらば躊躇なく手を掛ける。人間、カミアン、双方に害をなす存在ならば、なおさらだ。アイサはどうする」
ロクアイでのこと……ニアはアイサを殺そうとした。あの青年は、それを、冷たい目で見ていたのだ。
「奴に『慈悲』など、期待せぬことだな」
「お前は……一体、何者だ。コノエとはどういう関係なのだ」
ムイアンは、目を閉じたまま、小さな笑い声をあげる。
「人間が生み出した様々なネットワーク。それらには、この瞬間にも膨大な情報が流れている。この世界だけではない。人間どもが『異世界』と呼ぶ世界にも、人間がいて、情報が流れている」
そして目を開け、そのエメラルドグリーンの瞳で、私を見つめた。
「人間の脳にも、カミアンの脳にも、情報が流れ、そこに『意識』が生まれている。ならば、『世界』にも『意識』が生まれるのは自然であろう?」
「それが、『ムイアン』だというのか」
「さあ……それがどうあれ、私は現実に存在する。それがすべてだ。その私をコノエは消そうとしている。奴は何度死んでも、何度でも生まれ変わり、私を追いかけ続けるだろう。私が存在する限り」
「それほど、彼はお前を憎んでいるのか?」
そこまでの感情。彼にそうさせるものとは?
「ふむ。お前はそれを『憎』と取るのだな」
「それ以外、何がある」
「死ぬまで追いかけ、死してなお追いかけ、その為に生き、その為に死ぬ。それはまるで『愛』だと、ヤナ、そう思わないか?」
「愛?」
「ああ、そうだとも……愛なのだ、これは。コノエとの関係、お前はそれを聞いたな。その答えならば、それは『愛』だ。永遠の愛……だから私もそれに全力で応える。私も、コノエを愛しているのだよ。目にしただけで、壊したくなるくらいに」
※ ※
ログハウスに戻ったのは、もう満月が夜空の真上に来た頃だった。
アイサが、ベッドの上に腰かけ、私の帰りを待っていた。
「ヤナ!」
「ただいま。待たせたかな」
「ううん、大丈夫」
アイサはそう言って、私に微笑んだ。
ユーカナはすぐハウスに戻ったはずだ。私一人で一体何をしていたのか。気にならないわけはないだろう。
しかし、アイサはそのことについて聞こうとはしなかった。
「みんな……子供たちもみんな、アイサと、同じだったの」
「そうか。ここでは、周りの目を気にすることも、遠慮することも、せずに済むね」
「うん」
そう言って私に見せたアイサの笑顔に含まれているのは、嬉しさだけではない。これまで、決して得られることのなかった『安心』が、そこにはあった。
アイサの髪をなでてあげる。アイサがうるんだ瞳で私を見上げ、そして目を閉じた。
『お前は、そこまでの愛を、誰かに感じたことはあるのか?』
アイサと激しいキスをかわしながら、私はムイアンが最後に言った言葉を、頭の中で何度も何度も反芻していた。
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