パンドラの箱 4
「もう四十年以上前のことだ。一人のカミアンが、ある『箱』を見つけた」
「箱?」
「そうだ。望みの細胞から、望みの配偶子を作ることのできる、まるで魔法のような『箱』だ。そのカミアンは、ある人間の子を孕みたいと思っていた。人間と同じように、な。そこで、己とその人間の細胞を使って配偶子を作り、接合させた」
ムイアンの語り出した話は、私の知らないものだった。
「子が、できたのだ。そのカミアンは喜び、そしてできた子を、殺した」
「な……なぜだ」
「そのカミアンは、『カミアンと人間との間に子ができるのかどうか』が知りたいだけだった。子は……その人間の子種で作らないと意味がない。そう思ったのだろう」
「……そのカミアンとは、誰だ」
「コノエの横にいただろう? ニア、あの白い死神」
ニア……あのカミアン……
「それが、アイサとどう関係している」
「そう焦るな。ニアはその後『箱』への興味を失った。そして、別のカミアンにその『箱』を譲ったのだ」
「別の?」
「ああ。そのカミアンは、『箱』を使って様々な『人間』を生み出していった。いや、時には『人間』と呼べるような代物でないものまで、な。その中の『一つ』が、あの特異な性染色体をもった配偶子だった」
「待て……それは……本当なのか? アイサは、アイサは……そうやって『造られた』というのか!」
それで……『親がいない』……そんな、そんなことがあるのか?
「三人、造られた。ユグリア、ユーカナ、そして、アイサ。あれは、極めて『排他的』にできている。その特異な性染色体を持った細胞が、新たに配偶子……卵子を作る時には、必ずその性染色体を持つ卵子を形成する。そして、X染色体をもつ精子としか受精しない。その結果、子を作っても、同じ性染色体構成の『人間』しか生まれてこないのだ」
「なぜ、そのカミアンは、そんなものを……そんな人間を、造ったんだ? 一体誰だ!」
「お前は、ヒーノフというカミアンを知っているか」
「……知らない。ヒーノフと言えば、人工知能『ムイアン』を作ったという……」
「世の中ではそうなっているようだな。もちろん、私はヒーノフに作られたのではない。奴はカミアンでありながら、カミアンに抗い、私に協力した」
「協力?」
「ああそうだ。人間社会の中で、その性染色体を拡散させるために、アイサを育てた」
「それが『じいや』、か」
「人間の男性との間に子を作らせ、増やしていく。そうするはずだった。しかしヒーノフは、最期になって私に抗った」
「なぜだ」
「私には、カミアンが理解できない。ヒーノフは最期にこう言っていた。『抵抗こそ我がイデー』と。度し難い。まさに愚か者だ」
「お前が、ヒーノフに作らせたという訳か。一体、何が目的だ!」
「ユーカナやアイサのような『人間』が増えればどうなると思う。彼女たちは、同じ性別……そう『第三の性』しか子を産まない。女性とは
「なぜ……そんなことを……人間を滅ぼそうというつもりなのか、お前は」
「それは違う。人間は、増えすぎたのだ。適正に『管理』しなければ、やがて地球を……この世界を食い尽くす」
「彼女たちが、カミアンだけが感じる匂いを放つのは、なぜだ。残った僅かなカミアンを探し出すために、そう『造った』からだろう!」
「まさに、そこだ。逆なのだよ、ヤナ。ヒーノフめ、カミアンには他の人間と区別がつくようにしておいたのだろう。最初からこうするつもりだったようだ」
ムイアンは、そこで笑い声を漏らした。自嘲……こいつは、一体……人工知能? 本当にそうなのか?
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