パンドラの箱 3

 多人数での食事は、アイサにとって珍しいものだったのだろう。自分よりも年下の子の方が多い状況で、アイサは食事の間中ずっとお姉さんぶった様子で小さい子の面倒を見ていた。


「ヤナさん、少し、よろしいですか」


 食事を終え、皆で後片付け。そしてしばしの休憩の後、子供たちをお風呂に入れるというところで、ユーカナが私にそう声を掛けてきた。

 一瞬顔を曇らせたアイサに向けて、ユーカナはいつもの優しい笑顔で「今後についての大切なお話よ」と応じた。


「分かりました。どこで」

「外へ、行きましょう」


 私はアイサに向けて一つ頷く。アイサの不安げな表情は晴れなかったが、彼女は小さな子たちをお風呂に入れるため、ユグリアとともに用意を始めた。


 ログハウスの外に出たところで、ユーカナに確認してみる。


「マザー、ですね」


 しかし、ユーカナはそれには答えなかった。

 もう辺りはすっかり暗くなっている。星空に満月が浮かんでいるものの、このまま歩いていくには足元がおぼつかないように思われた。

 しかし、ログハウスから少し離れただけで、ユーカナは立ち止まる。


「ここですか?」

「いえ。でも私の案内はここまでですわ」


 そしてユーカナは、この島にそびえる山の頂上を指差した。


「頂上で、お待ちです」


 誰が……聞く必要は、ないだろう。


「行きます」と告げ、私は頂上へと『跳ん』だ。


※ ※


 丈の低い草が体に触れる。遠く海上に、いくつもの光が見えた。別の島の光なのか、それとも船の漁火なのか。


「まさかお前が知波アイサを連れてここに来るとはな。ヤナとやら」


 後ろで女の声がした。振り返ると、月の光を背に受けて一つのシルエットがたたずんでいる。

 風に揺れるセミロングの髪。少しウェーブがかかっている。かき上げた左手には、銀色のブレスレットが煌めいていた。

 双眸がエメラルドグリーンの光を放つ。


 ホテルで私たちを襲った、あの女だった。


「なるほど、貴女が『マザー』なのか。そして、ムイアン」

「驚かないのだな……なるほど、コノエに会ったのか」

「ああ。ロクアイのバーのマスターを殺したのは貴女か?」

「私ではないと言って、お前は信じるのか?」

「貴女がそう言うのなら、信じよう」

「ほう……あやつは、知波アイサの情報を売ろうとした。いくつかの諜報機関に、な。小物は小物らしく、大人しくしておけばよかったものを」


 マスター……


「私のこと、前々から知っていたのか?」

「いや、伊郷レセルから聞いた。彼女は最初から、お前に何かあると思って雇ったようだがな」


 教頭……繋がっていたのか。


「アイサをどうするつもりだ」

「どうするつもりもない。そもそも、この島に連れ戻すことになっていたのだから」

「この、島に?」

「ああ、そうだ」

「なぜ?」

「なぜ? 『実験』は失敗した。あのカミアンとお前のせいでな。だから再教育が必要になった。それだけだ」

「アイサのあの身体、カミアンを暴き出すものではないのか? 現に私はカミアンだとばれた。それが『実験』というのなら、成功だろう。それに、『あのカミアン』というのは」

「はっはっは。なるほど、コノエとはあまり詳しくは話さなかったのだな、ヤナ」


 私の言葉から、なぜそれが分かったのだろう。

 ……つまり、まだ私の知らないことがあるということだ。


 コノエ青年との会話を思い返してみる。私は、彼が最初に『人間とカミアンの両方の未来がかかっている』と言っていたことを思い出した。

 そう、その後彼が『カミアン』についてしか語らなかったがゆえに失念していたが……


「図星のようだな」

「『実験』、とはなんだ」

「ふむ」


 目の前の女……ムイアンは、少し考える様子を見せる。ムイアンが、こちらが怪訝に思うほど饒舌である理由は分からないが、ホテルで会った時もそうだったように、何かやり取りを楽しんでいるように思えた。


「彼女たち……ユーカナたちを見ただろう」

「ああ」

「不思議に思ったか」

「ああ。なぜ全員が、同じ性染色体をもって生まれているんだ」


 私の問いかけに、ムイアンが笑った。


「教えてやろう。カミアンでありながら、カミアンとはどういう者なのか、何も知らないお前のために、な。そして、カミアンがどういう者たちなのかを知るがいい」

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