パンドラの箱 2

「洗い物、やります」


 静寂を破ったのは、アイサだった。ユーカナの横に並び、残っている食器を手に取る。


「そう、じゃあ、お願いするわね。洗い終わった物は、この食器棚に」


 ユーカナは、スポンジをアイサに渡すと、タオルで手を拭きながらそう言った。


「ヤナさん。とりあえず今日は、ログハウスをお使い下さい。明日は、ログハウスの清掃をしていただきます。それ以外は、ご自由にしていただいてよろしいですわ」


※ ※


 後片付けを済まして、アイサと私はログハウスへと戻ってきた。その間、アイサは口を開くこともなくただ私の手を握りしめていたが、そんな彼女に、私としてもどう声を掛けて良いのか、全く分からなかった。


 ユーカナが自分と同じ『身体』を持っていること。

 『妹』

 そして『実験』


 アイサの中で、それらのものがちゃんと消化できているのだろうか。

 ロクアイからここまで、アイサにとって受け入れがたいことの連続であるはずなのに、それについてのアイサの反応が余りにも小さすぎることが、却って私を心配させた。

 いや、そもそも私でも理解が追い付いていないかもしれない。

 アイサのいる傍で、それ以上ユーカナに聞く勇気は私にはなかった。アイサがそれ以上、じいやについて聞こうとはしなかったのだから。


 アイサは小さい頃ここにて、そしてカミアンに連れられ第一管区の家に移り、育てられて高校に入り、そして私と出会った。

 私と出会ったのは偶然に違いない。しかし、実験……アイサのような身体を持った者が、『人間』社会に溶け込めるかどうかの実験なのだろうか。


 誰が? アイサが『じいや』と呼んでいたカミアンが? 


 いや、コノエ青年の口ぶりでは、『ムイアン』が関係しているはずだ。

 なのになぜカミアンが絡んでいる? 何のために?


 ……じいやは、なぜ消されたのだ?


『マザーにお会いなさい』


 ユーカナは私にそう言った。

 マザー、母……誰のことで、どこにいるのか。


「アイサ、しばらくこの島にいるということでいいんだね?」


 寝支度を済ませ、私たちはログハウスの部屋にあるダブルベッドに一緒に横になった時、私はアイサにそう尋ねた。

 アイサは、黙り込んだままずっと、私の寝間着の襟元を握りしめている。


「うん」


 その夜にアイサが発したのは、その一言だけだった。


※ ※


 次の日、アイサの様子は何事も無かったかのように元に戻っていたが、ただ一つ、ユーカナのことを「ユーカナ」と呼ぶようになったことだけが変わっていた。


 ログハウスの清掃、そして島周辺の散策。

 ユーカナが案内してくれたが、見る限り本当にただの『無人島』だった。彼女が言うには、食料は硫黄島から定期的に運ばれてくるらしい。


「アイサ、夕食の支度は、今日はユグリアがするから、それを手伝ってあげてくれるかしら」

「分かったわ」


 そんな会話を交わす二人は、確かに本当の姉妹のようで……ただ、ユーカナが言う『姉妹』という意味が、いまだ分からない。

 『両親がいない』と言い、にもかかわらず『姉妹』だという。彼女たちが『始まり』だと……


 そのことを心の奥底にしまい、ここで暮らしていけたならば、もしかしたらここがアイサの安住の地になったかもしれない。


 しかし、そうはならなかった。

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