パンドラの箱 1

 これ以上ないような激しさと愛おしさで繋がりあった後、私たちはしばらくベッドに横たわり、ぼーっとしていた。

 気怠さの抜けきらない内に、そっと肌に触れるアイサの手の感触を感じる。アイサは私の体に触れながら、何かを考えているようだった。


 彼女の華奢な、まだ子供っぽさが抜け切れていない身体と比べ、ユーカナの身体には大人の女性らしさがあふれていたが、もう少しすればアイサもあのような体つきになるのかと、不思議に思う。

 にはそのような『個体差』があるのだろうか。


「アイサは……自分の『過去』を知りたいと思うかい?」


 彼女が何を考えているのか、ふと分かったような気がして、そう聞いてみる。


「アイサは……」


 私の質問に、何かを言いかけて、アイサはそのまま口をつぐんでしまった。

 葛藤、というのであるならば、知りたいという好奇心と、知りたくないという恐怖心のせめぎ合いなのだろう。


「この島を、出るかい?」


 しかしその言葉には、アイサは返事をしなかった。


 コンコン


 扉をノックする音がした。しばらく待ってみたが、誰も入っては来ない。服を着て、扉を開けてみると、廊下に二人分の夕食を載せたワゴンが置いてあった。

 それをワゴンごと部屋に持って入る。


「食事を用意してくれたみたいだ。一緒に食べようか」


 パスタ――魚介類がふんだんに使われたもの――と、パン、そしてサラダ。テーブルにそれらを置いた。


※ ※


 少し遅めの夕食をすまし、恐る恐る部屋を出た私たち二人を、ユーカナが待っていた。子供たちやユグリアの姿は見えない。


「すみません、ごちそうさまでした。これ、どうすればいいですか」


 そう言って、食べ終わった後のお皿が載ったワゴンを指し示す。


「明日、この島を出られるのであれば、貴方がたは客人です。私が片づけをいたします。でも、しばらくここにおられるというのなら、色々なことを自分でやっていただくことになりますわ」


 ユーカナはそう言って、アイサに視線を移した。


「どうする? アイサ」


 そしてアイサにそう尋ねる。彼女が浮かべる微笑みは、相変わらず全てを見通しているような、そんな微笑みだった。

 私には、明日出るようにと言い、そしてこの島を出ればアイサに会えなくなると言い、そして今、島を出るかどうかをアイサに尋ねている。


 あのような『情事』をアイサに見られてもなお、ユーカナは動じる様子も無かったし、今も変わらずにアイサに微笑みを投げかけているのだ。


 アイサがどう返事するのか、彼女にはもう分かっているのだろう。


「アイサは……」


 そう言ってアイサが私の腕にしがみつく。そしてユーカナに挑戦的な眼を向けていた。


「安心して。ヤナさんにはもう、手は出さないわよ」


 本当に、妹に言い聞かせる姉ような表情で、ユーカナがアイサに笑いかける。


「アイサは、ここにいたことがあるの?」

「ええ、そうよ。貴女は私の妹ですもの。ここは貴女の『家』なのよ」

「でも、アイサの家はじいやと住んでいた、一管のあの家だけよ」

「そうね。貴女はまだ小さかったですもの。ほとんど、覚えてはないでしょう」


 ユーカナは、ワゴンの上に置かれていたお皿を、キッチンシンクへと移した。


「では、アイサはどうやってここを出たのです?」


 蛇口をひねると水が出る。お皿を洗い始めた彼女の背中に、私はそう問いかけた。

 ユーカナが、洗い物の手を止める。そして横目で、私の方を見た。


「その『じいや』が、ここからアイサを連れて行ったのですわ」


 再び、洗い物を始める。


「『人間社会』に放つ、その実験として」


 しばらくの間、洗い物の音だけがこの部屋に響いていた。

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