秘密の花園 3

 キッチン、ダイニング、そしてリビング。入り口入ってすぐの部屋は、かなり広い間取りをしている。大きなダイニングテーブルと椅子、L字に並べられたソファ、テレビ……階段が見えるということは二階もあるのだろう。


 思い思いの場所にいた者たちが皆、入ってきた私を見たのだが、しかしそれも束の間、再び時が動き出す。何もなかったように、子供たちは自分たちの用事をし始めた。


「私の姉、ユグリアです」


 もう一人の大人の女性を指し、ユーカナがそう紹介する。ただ、『姉』というほどは似ていない。優しげなユーカナとは違い、少し性格のきつそうな顔立ちをしていた。


「ユグリアよ。よろしく」


 目を閉じて眠っている赤ん坊を抱いたまま、ユグリアは顔だけで私に挨拶をする。


「どうも、西紀ヤナです」


 挨拶を返してから、一体私は何をさせられているのだろうかと疑問に思った。


「シノア、ラウア。アイサさんに飲み物を運んであげて。ヤナさんは、どうぞこちらに」


 声を掛けられた少女二人は、ソファから立ち上がるとキッチンへと向かう。しかし、見届けることも、湧き上がった疑問が解決されることもないまま、ユーカナは私をさらに奥へと連れて行った。

 奥には扉がもう一つ。ユーカナがそれをゆっくりと開ける。


 広すぎる。


 扉の向こうを見てまずそう思った。

 奥には、通路が伸びている。それは、木でできたものとは違い、どこかホテルの廊下を思わせるものだった。

 ログハウスは山肌に沿って建てられていたはずであり、となると、この奥はもう山の中ということなのだろう。


 ユーカナは私と腕を組んだまま、私を奥へ奥へと引っ張っていく。


「待って下さい。どうするつもりですか」

「お知りになりたいのでしょう? 私たちのことを。こちらにいらしたのは、そういうことだと思いましたのですけど」


 通路には、左右二つずつ、扉がついていた。扉と扉の間は広い。ユーカナは一番奥の扉の前で、ようやく私の腕を離した。

 本当に、ホテルのドアのようだ。


「ここは一体……」

「中へ入れば、お分かりになります」


 そう言ってユーカナは、ドアノブに手を掛け、ゆっくりと開けた。


「どうぞ」


 私を促すユーカナの目を見つめる。顔は似ていないが、その瞳は、やはりどこかアイサを思わせるものだった。

 中へと入る。靴入れがあり、スリッパが置かれいる。奥には別の扉があった。


「スリッパに履き替えなさって」


 言われるままスリッパに履き替え、そのまま扉を開ける。照明が点いた。


「これは……」


 ホテルの一室と言われても、だれも疑わないだろう。ソファとテーブル、そして大きいベッド。シーツとブランケットが綺麗に敷かれていた。


「『接客用』の部屋ですわ」

「接客……」

「もう、お気づきでしょう? ここがどんな施設で、あの子供たちが『誰』の子なのか」

「いや、しかし、そんな……」

「あの双子、エリナとセリナ、そしてユグリアが抱いていた赤ちゃんは私の子です。シノアとラウア、そしてあとの二人、モアとロアはユグリアの子ですわ」


 子供がいるという以上に、子供ができるということが、私に衝撃を与えた。


「あの子たちの父親が『誰』なのかは、実際のところ、私にもユグリアにも、分からないのですけどもね」


 唖然としてユーカナを見つめる。彼女に悪びれた様子は一つもなかった。


 ここは……ここは、軍用の『慰安所』なのだ。しかし、しかし……


「父親が誰なのか、それはどうでもよいことなのです。ここでは」


 私の頭は混乱していた。


「でも貴女は、アイサと同じで、『女』ではない……」

「カミアンの貴方には、私たちの『匂い』がお分かりなのでしたね。でも、子はできます。産むこともできます」


 コノエ青年の言っていたことが、イメージとなって一気に私の脳内にあふれ出す。


 彼は……彼は……このことすらも、知っていたのか。


「男性と体を合わせることで」


 ユーカナが私に体を密着させてくる。ワンピースの肩口がずり落ち、右肩が露わになった。彼女が発するむせるほどの甘い匂いが、私の思考力を奪っていく。


「できた子は……」

「皆、同じ体ですわ」

「皆? あの子供たち全員が、ですか?」

「ええ、そうです」

「それは、おかしい」

「おかしくはありませんのよ」

「アイサの性染色体にはXもあった。貴方たちのような体も性染色体が決めるのなら、確率はでしかない。男の子も女の子も生まれていいはずだ。もっと別の性も……そういう子たちはどうしたんです」


 ユーカナの手が、私の頬と下半身に添えられる。彼女は私の顔を引き寄せると、そっと耳元で囁いた。


「生まれてこないのです。しか」



※※(注釈)「四分の一」について※※

 人間の男性の性染色体はXY。アイサたちの性染色体をXZとするならば、できる子どもの性染色体の組み合わせは、理論上、XX、XY、XZ、YZの四種類。

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