秘密の花園 2
アイサを連れて、この島から出たほうがよかったのだろうか。しかし、今の状態のアイサを連れて『跳ぶ』のは、アイサの身体への心配だけでなく、アイサの気持ち的にも得策ではないだろう。
どこへ行ったとしても、アイサはまたここに来たいと言い出すような気がした。ここで、自分のルーツへの手がかりを、アイサ自身が見つけてしまったのだから。
ユーカナがアイサを別のログハウスに行かせたのも、そうなるように仕向けるため、そんな考えが頭をよぎる。
まるで……何もかも知っているようだな。
いや、「ようだ」ではなく、実際彼女は何もかもを知っているのかもしれない。私たちがここに来たのも、偶然でも何でもないように思えてきて、少し身震いがした。
アイサは、何見て子供の頃のことを思い出したのだろうか。それをすぐにでも確かめたかった。
岩場に近い地面からは僅かばかりの草が所々に生えている。頬に当たる風は、潮のにおいしかしなかった。
礫浜を歩くとすぐに、もう一つのログハウスが見えてくる。私がいたものよりもずいぶんと大きい。
と、扉が勢いよく開けられた。一人の子どもが飛び出してくる。白いワンピース、腰には青いリボンベルト。
「待ちなさい!」
その声とともにもう一人、少女がログハウスから飛び出した。
先に出てきた子が少女から逃げるように走り、そして私に気付いて、立ち止まる。追いかけてきた少女も、その子の傍まで来ると、同じように立ち止まって私をじっと見つめた。二人とも、同じような恰好、同じような、淡色の長い髪。
さっき会ったシノアという子でも、ユーカナの後ろに隠れていた双子でもない。別の子たちだ。二人ともまだ十歳にもならないだろうか。
「さあ」
追いかけてきた少女――その子の方がやや大きかった――が、私を不思議そうに見つめていた女の子の手を取り、一緒にログハウスへと駆け足で戻っていった。
また子供……
こんな孤島に、一体何人の子供がいるのだろう。
二人がログハウスへと消え、木でできた頑丈そうな扉が閉じられる。それを見つめながら、私は入り口に続く階段を上り始めた。
急に開けるのは、さすがに失礼だな。
さてどうするかと思案したところで、再び入り口の扉が開く。そこに、ユーカナが立っていた。
「あの、飲み物をいただきに」
「そのような口実は、無用ですわ」
相変わらずユーカナは、女神のような微笑みを浮かべている。ただ、そこに起こっていたある微妙な変化を、私は見逃さなかった。
彼女の微笑みから、隠し持っていたはずの警戒心が消えている。
「すべて、お見通しですか」
「そういう訳ではないのですけど」
そう言いながら彼女は一歩、私に近づいた。
「どうぞ」
「中を見せても、いいのですか?」
「隠すようなものはありません。全ては、貴方がどう思うか、ですわ」
ユーカナが私の腕を取る。そのまま自分の腕を絡めた。彼女の大きく張った胸が、私の腕に押し付けられる。
その動きに私は、強烈な違和感を感じた。余りにも自然過ぎたのだ。今から、自分の娘がいるであろう場所に見ず知らずの男性と入るには、極めて不自然な形であるはずなのに。
しかしその怪訝さも、ユーカナから漂うあの匂いの前には、微々たるものでしかなかった。あの匂いが、今は強く鼻につく。
彼女がアイサと同じあの『器官』を持っているのは疑いようもないのだが、それが私の心を捉えて離さない。
ユーカナが、私の瞳の奥を覗き込んだ。
あの、アイサとの夜が頭をよぎる。目の前のユーカナを『性的』な目で見てしまっている自分に気が付き、彼女から目を逸らした。
「どうかされました?」
「い、いえ、何も」
「そう。さあ、どうぞ」
私が戸惑うのも構わずに、ユーカナは私と腕を組んだまま、部屋の中へと入る。
そのとたん、幾つもの視線が私へと注がれた。
シノアとあの双子、さっきの二人、そして初めて見る幼い女の子が一人。さらに、ユーカナより少し上であろう年齢の女性。その腕には、赤ん坊が抱かれている。
皆、『女』だった。
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