秘密の花園 1

 アイサは混乱していた。私の許に走り寄り、何か思い出すものがあるのにそれが何時の頃の記憶なのか思い出せない、そもそも本当にそれが記憶なのか、もしかしたらデジャヴではないのか、そんなことを口走る。

 ユーカナが掛けた言葉には、意識が回っていないようだった。

 そんなアイサを見て、ユーカナが声を掛ける。


「アイサさん、疲れたのでしょう。慌ただしかったのに、子供の相手をお願いしちゃってごめんなさいね」

「あ、いえ……」

「晩御飯ができたら、お持ちします。お二人とも、それまで少しお休みになるといいですわ」


 そう言ってユーカナは、出口の方へと向かった。ユーカナを追いかけ、出口のところで彼女の耳元に小声で話しかける。


「ちょっと待って下さい」

「ヤナさんも、お休みに……」

「雰囲気は似てます。しかし、顔は似ていない」


 確かに、並んで立っている様子は家族と言われても不思議ではなかったが、顔を比べれば、全くと言っていいほど似ていない。アイサの顔自体は日本人のそれでしかなかったが、目の前のユーカナは、どこかヨーロッパ系の血が混じったような顔だ。シノアという子は、ユーカナと同じような顔立ちであったが、子供だと言っていた双子の女の子たちは、少しきつい目をした日本人の顔立ちをしていた。


は、父親に似ますので」


 ユーカナが私を見ることもなくそう小さくつぶやく。私は少しぎょっとしてしまった。

 彼女の口にした『私たち』という言葉。それが一体、何を指すのか……


「あの子の両親は?」


 私も、アイサには聞こえないくらいの小声で、しかし踏み込んだ言葉を投げかけた。ユーカナが横目で私を見つめる。


「アイサとはもう、一つになりましたか」


 しかし、返ってきたのは想像もしない質問だった。


「なっ、何を……」

「隠さなくてもよろしいのですよ。は、そうのですから」


 言葉に詰まる。私とアイサの『関係』を突然言われたこともそうだったが、それ以上に、彼女の言った『できている』という意味に、私の理解が追い付いていかなかったからだ。


「では、夜に」


 ユーカナはそう言うと、ワンピースの裾を優雅に揺らし、扉から出ていく。その後には、あのむせるような甘い匂いだけが残された。


※ ※


「何を、思い出した?」


 ユーカナが出て行ったあと、私は困惑した様子のアイサをベッドに腰かけさせた。私も隣に座る。


「何を、というわけじゃ、ないのだけど」

「島の風景かい?」


 しかし、アイサは首を振った。


「向こうのログハウスに見覚えが?」


 その問いかけにも、アイサははっきりした反応を見せない。


「じゃあ、一緒に遊んだ子たちかな?」

「あの子たちに」


 そう口にして、一旦言葉を止める。口元に指を当てて、少し考えた後、アイサは再び口を開いた。


「あの子たちにも、会ったこと、ないと思うの。でも、なんだろう、アイサもあんな風に遊んだ記憶が」

「なるほど」


 多分アイサが言いたいのは、あの女の子と同じように、自分も誰かに遊んでもらった記憶がある、ということだろう。

 それとユーカナの言葉を繋げるならば、アイサが小さい頃、もしかしたらここで誰かに遊んでもらったということだろうか。

 なら、アイサはここに住んでいた? そこからどうやって関東地方、今の第一管区の家に移り住んだというのだろうか。


 ……じいや。カミアンが関係しているのか?


「まあ、子供の頃に遊んでもらった記憶と言うのは、誰しもが持っているものだよ」

「うん……でも、なんだろ」

「どうした?」

「女の子ばかり、というのが」

「女の子四人で遊ぶなんて、よくあることだと思うけど……」

「ううん、四人じゃないの」

「ん?」

「向こうのログハウス、他にも」

「他にも?」

「うん」

「他にも誰か?」

「うん。あと四人」

「女の子?」

「うん」


 女の子がそんなにたくさん? 一体どういうことだろう。


 アイサは何かを思い出そうとしながら私の言葉に答えていた。それだけに、その言葉には要領を得ない部分が多い。

 未だ混乱の中にいるアイサを置いて、私は自分の目で確かめに行くことにした。


「少しベッドで休むといい。ちょっと、ユーカナさんに飲み物が無いか聞いてくるよ」

「うん」


 アイサは床を見つめたままだ。軽くアイサの髪を撫で、立ち上がる。

 ユーカナから漂う匂いが強かったからだろうか、これだけ近くにいても、今のアイサからはあのむせるような甘酸っぱい匂いはしなかった。

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