追憶の村 8
「アイサさん、申し訳ないんだけど、しばらくこの子たちを相手をしてあげてもらえないかしら」
「え、アイサが、ですか?」
「ええ。久しぶりのお客さんだから、この子たちも喜ぶと思うのよ」
その女性が言う程、双子が喜んでいるようには見えない。相変わらず、女性の後ろに隠れ、目だけでこちらの様子をうかがっていた。
「わ、わかりました」
「ありがとうね。シノア、アイサさんとこの子たちを向こうのログへ連れて行ってあげて」
私たちを見つけてくれたシノアという少女は、女性の言葉にうなずくと、双子の手を取り外へと出る。アイサは何かこの女性が聞かれたくない話をしようとしていることを感づいたのだろうか、何かを尋ねることもなく「じゃあ、行ってきます」と会釈して、その後を追いかけていった。
「すみません、助けていただいたようで。私は」
「西紀ヤナさん、ですね。アイサさんが教えてくれました」
「はい。あの……あなたは?」
「
聖母、というのは彼女のような人のことを言うのではないだろうか。すべてを包み込むような、そんな慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。
「ありがとうございました。それにしても、ここは一体どういう場所なのですか」
もう一度部屋を見回してみる。ベッド、テーブル、簡単な流しもある。中だけ見れば、コンドミニアムだろうか。
「本当に、何も知らずにここに来たのですね」
そう言った彼女の口調の端に、ふと引っかかるようなものを感じた。
「はい、えっと……」
「どうやって、というのはお聞きしません。でも、なぜここへ来られたのか、教えていただけますか」
その表情とは裏腹に、どこか抗いがたい圧力が彼女の言葉には宿っている。
「彼女、アイサを育てたおじいさんが、生前、硫黄島に行きたいと言っていたそうです。それであの子を連れて行こうとしたのですが、どうも方向を間違えたようで」
「……お亡くなりになったのですか? その、おじいさんという方は」
「詳しいことは、私にはわかりません。アイサが言うには、そうだそうです」
「そう、ですか……」
私の言葉に、彼女の表情が少し曇る。それがアイサを同情してのものなのか、それとも他に何かがあるのか、私には分らなかった。
「ここは、硫黄島から少し離れた島です」
「そうでしたか。でも、あなた方はなぜこんなところに?」
どう見ても、人が住んでいそうな島ではない。
「週に一度、ここへ硫黄島から軍の方がいらっしゃいます」
彼女の答えは、およそ私の質問からかけ離れたようなものだったが、私は彼女に話を合わせることにした。
「何をしに、ですか?」
「休憩を」
「休憩?」
「ええ。ここは、軍用の『リゾート』施設なのです」
風がそよぐ。潮のにおいに混じって、またあの熟れた果実のにおいが鼻腔を刺激した。思わず、ユーカナのスカートに目が行ったが、慌てて彼女の顔に視線を戻す。
彼女の表情が少し硬くなったように思えた。
「本来は、部外者の立ち入れない場所。今日はここでお休みになると良いですが、明日には、ここを出ていただけますか?」
「待って下さい。何故そんなところに、子供が?」
「あの子たちは、私の娘です」
「そ、そうでしたか。では、家の方にもお礼を」
そう言って立ち上がろうとした私を、ユーカナは手を上げて押しとどめた。
「それ以上の詮索は、およし下さい」
彼女と視線を合わせる。そこで、部屋に漂う匂いがさっきよりもきつくなるのを感じた。また視線がユーカナのスカートへと落ちる。私は慌てて視線を戻した。
知るべきでなかったことを知ってしまった後悔が私を襲う。
「シノアから話を聞いたときは、C担の方が来られたのかと思っていました」
聖母のような表情は、彼女の顔から消え失せていた。私に向けられたものが、刺すような視線に変わっている。
「貴方……」
彼女は、押し隠していたであろう警戒心を、もう隠そうとはしなかった。
「カミアン、ですね」
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