追憶の村 6

 水平線までの距離というのは、意外に近いもののようだ。重力制御での滑空も、さほどの時間することもなく、島に到着した。

 島は、ピラミッド状の急峻な地形をしている。全体を緑が覆っていたが、低木が多いようだ。島全体が火山岩でできているのだろうか、ごつごつとした岩肌が目立つ。低くはない垂直に近い海食崖と、わずかばかりの幅の礫浜が島を取り巻いていた。頂上までの高さもそれなりにあるようだが、上の方は雲に近い霞がかかっている。ロクアイから見える山、確か標高千メートル弱だったはずだが、それくらいはあるだろうか。


「無人島、なのかな?」


 取り巻く空気は、温かく、湿っている。それが、この地がかなり南にあることを物語っていた。


「そうっぽいね。もしかしたら、硫黄島の近くの小さい島なのかもしれない」


 もう少し空の高いところまでいけば付近の島が遠くにでも見えるかもしれないが、今はその気力も失われつつある。出血が止まらないのだ。

 降り立った浜で、私は崖を背に腰を下ろした。


「ちょっと、待ってね」


 心配そうに私の腕を見たアイサは、血で汚れたブラウスを脱いで引きちぎると、それを包帯のように私の腕に巻き始めた。

 ニアが使っていた武器……あれは『カミアンの武器』だったのだろう。ME変換フィールドが通用しない。ホテルで『ムイアン』と思しき女に襲撃された時とは違って、今回は随分傷が深いようだ。


「すまない、アイサ」


 ブラウスの下に着ていたシャツも赤黒く汚れていた。


「ヤナ……どうしよう、血が止まらない」


 思った以上に傷が深いと分かって、だんだんとアイサの声が涙交じりになっていく。


「とりあえず、力いっぱい縛ってくれるかな」

「うん、わかった」


 傷口が痺れているようで、さっきよりも感覚が無くなっているようだ。だんだんと視界が青く染まっていく。

 体が重い。


「ヤナ! ヤナ!」


 アイサが私を呼ぶ声も、どんどんと遠くなっていく。とうとう私は、自分の体を支えることが難しくなり、地面へと倒れこんでしまった。

 泣きながら、アイサが何かを叫んでいる。


 大丈夫、泣かないで。


 そう言おうとしたが、口がうまく動かせなかった。

 目の前が少しずつ、靄がかかったように霞んでいく。視界がモニターを消すようにブラックアウトする瞬間、その端に、ここにいるはずのないもの……アイサとは別の、一人の少女の姿を見たような気がした。


※ ※


 目が覚めた。


 見知らぬ天井……とは、どこで聞いた話だっただろうか。木を組んで作った天井が見える。


「ヤナ! 良かった!」


 アイサの声が聞こえた。すぐに、私の視界にアイサの顔が現れた。

 淡い色の髪、色白の顔、赤みがかった瞳には心配そうな色をたたえている。


「アイサ……ここは?」

「えっとね、島にある村、かな?」

「ムラ?」


 アイサの言葉の意味が、咄嗟には理解できなかった。身を起こそうとして、まだ頭がふらつくのを感じる。額に当ててあった濡れたタオルが、ベッドから床へと落ちた。


「だめよ、ヤナ。まだ寝てなくちゃ」

「大丈夫」


 部屋の中は……ログハウスのようだ。窓が開けられているが、少しじめっとした空気が流れている。入り口があるが、その横から見える外の景色は……海だ。


「こんな島に、家があったのか?」


 島の外からは、そんなものは見えなかったはずだが……


 アイサが落ちたタオルを拾い、バケツに入れてあった水にそれをつけた。アイサは、見慣れない麻のワンピースに着替えていた。


「うん、それがね」


 アイサが口を開いたところで、入り口のドアが開く。小さな女の子が、何かバスケットのようなものを持って入ってきた。そしてそれをアイサに差し出す。


「ありがとう。ヤナ、この子が私たちを見つけてくれたのよ」

「そうなんだ。お礼を言わなきゃならないね」


 まだ十歳にもならない子だろうか。アイサが今着ているのと似たような麻の服を着ている。アイサに似た淡い色の髪の毛と、色白の肌……そこに、強烈な違和感を感じた。


「ありがとう。君は?」


 どこからともなく、甘酸っぱい熟れた果実の香りが漂ってくる。そこにあの、体液が放つような生々しいにおいが被さった……

 思わず息を飲む。そんな私を、少女はただ黙って、じっと見つめていた。

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