追憶の村 4
一体この青年は、何だというのだ? 次から次へと信じられないことを……いや、しかし、待て。
アイサの生殖器は他の女性のものとは違う……つまり、アイサに子を産む能力があるかなんか分からない。いや、普通の女性ではないのだ。あれでは子を産めるはずがない。
それを彼に……
しかし、私はそのことを彼に言うのをやめた。彼がそのことに対しても、何か反論を用意している気がしてならなかったからだ。
そう、初めから答えは決まっているのだ。彼との会話は……無駄な時間なのだ。
「確かに君はカミアンにとって『特別な』人間のようだ……だからと言って、全てのカミアンが君に協力するとは思わない方がいい」
「ヤナさん……これだけ言っても、駄目、ですか」
「できないものは、できない」
コノエ青年の言うことの方に理があることは分かっていた。この青年は、カミアンのために動いている。人間であるにもかかわらず、だ。
だから、だろうか。カミアンでありながら、カミアンらしいことをしてこなかった私には、彼の言うことの一つ一つが、苛立ちの原因でしかなかった。
私とこの青年では、『合わない』のだ。どこまで行っても。
「ところで、ヤナさん。あの子、『次元シフト』に耐えられるんですか? 下手をすれば、肉体と精神がお別れしますよ」
とうとう彼は、私を『説得』するのを諦めたようだ。代わりに、『逃亡』を諦めさせようということか。返す返すも、人間らしからぬ人間ではないか。本当に、カミアンのようだ。
「君は平気なんだな」
「そうですね。俺の身体は常に、ニアの体液まみれですから」
そこで、小さく「うれしい」とつぶやくニアの声が聞こえた。
「『特別』が君だけだとは思わない方がいい」
「ヤナさん、待って下さい」
「お別れだ、コノエ君」
私がそう言った瞬間、彼の瞳が悲しい色に変わる。そしてコノエ青年は、
「ニア!」
と小さく叫んだ。
それが合図だった。
次元シフトでアイサの目の前に移動する。そこに、ニアの腕が振り下ろされていた。
ニアの右の手首をつかむ。ニアのその手の甲にいつのまにか装着されていた鉤爪が、アイサの鼻先で止まった。アイサが小さく悲鳴を上げて、尻餅をつく。
ちょうど左手に持っていた鍵を握り締めると、私は人差し指を未だ玄関にいるコノエ青年の方へと向けた。
彼と目が合う。彼の胸に狙いを定め、手の中の物質の微小な質量をエネルギーに変換すると、私は警告もなしにそれを指先から放った。
ニアが彼を守るためにアイサの傍を離れる。その隙にアイサを連れて……そんな私の思惑をあざ笑うかのように、コノエ青年は、私の放ったエネルギー波を持っていた雨傘で受け止めた。開いた傘ではない。閉じたままで……
どういう反応速度をしているのだ。あいつは本当に人間か?
いや、あの雨傘はなぜ熱せられても溶けも焼けもせずに、エネルギーをはじいているのだ?
そんな疑問を私が抱くことも、ニアは許さなかった。私に右手をつかまれたまま、今度は左手をアイサに向けて振り下ろす。
想定外のことに隙を作ってしまった私にできたのは、自分の腕を盾にアイサを守ることだけだった。
左手の甲にも装着されていたニアの鉤爪が、アイサを庇った私の左腕に深々と突き刺さる。激痛に思わず、手に持っていた鍵が床に落ちた。それと一緒に、少なからぬ量の血液も床へとこぼれ落ちていく。
「ヤナ!」
アイサが悲鳴を上げた。
痛い……いや、しかし、ニアがアイサを狙ったからこそ、これで済んだのかもしれない。私を狙っていれば、私の胸に深々と突き刺さっていたことだろう。
まだだ。まだいける。が……
それほどまでに、アイサを亡き者にしたいのか! こいつらは!!
怒りが込み上げてくる。その怒りが、私から痛みを消した。左腕に刺さる鉤爪を引き抜き、血まみれの腕でアイサを抱え込むと、ニアのドレスの袖から生地を引きちぎり、そのままそれを握り締めた。
手の中の物質の、先ほどよりも大きい質量を、エネルギーへと変換し右手の先全体から周囲へとエネルギーを解き放つ。
爆音とともに、部屋のすべてが吹き飛んだ。
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