追憶の村 3

「どうするつもりだね、コノエ君」

「協力するか、少なくとも話を聞くかして下さい。お願いします」

「なるほど、脅迫か」


 アイサを人質に取った気でもいるのだろう。


「ええ、そうとも言います。手段は、選びません。これが、最後のお願いです」


 彼は、否定をするどころか、まさに『最後通牒』を口にした。私はゆっくりと部屋の方へと振り返る。立ち塞がるニアの向こうには、不安の色をたたえた瞳で私を見つめる、アイサ。


「貴女もカミアンだろう。そこを塞いだところで、何の意味もないのは分かっているはずだが」

「さあ、どうかな」


 言葉の緊迫感の無さとは裏腹に、薄笑みを浮かべて私を見つめるニアの表情は、まさにカミアンが獲物を狩る直前に見せるものだった。


「ボクとしては、早く『においの元』を断ちたいんだけど」


 その言葉に、私は否応なく自分の表情が険しくなるのを感じる。


「ヤナさんも、そのにおい、当然分かるんですよね?」


 その表情を、後ろから声を掛けたコノエ青年に見せつけるように、振り向いた。


「……君には?」

「俺には感じられません」


 しかし彼に動じる様子は全くない。苛立ちが焦りに変わっていくことに、更に苛立ちを感じた。


「それで?」

「それこそが問題、ですよね?」


 彼の言わんとしていることは、十分に承知している。私も前に考えたことだ。しかし……なぜだろうか、それを第三者に言われることが、私には耐えられない。


「彼女の存在は、カミアンにとって脅威です」

「たかが一人の『女の子』の『体質』に過ぎない。大げさな」

「あの子一人なら」


 そこで言葉を止める。


「どういう意味だ?」

「数が増えればそうじゃなくなる、ということです」


 コノエ青年は少し声のトーンを落とした。アイサに聞かせないように、だろう。彼にはまだ、そうする心の余裕、配慮があるのだ。


「増える?」

「子供ができたら? その子供がさらに子供を作ったら? 多くの人間が、彼女のような体質になったら?」


 その可能性……考えたことがなかったものだ。もちろん、そのようなことを考える余裕がなかったと言えばそれまでだが……この青年が考えついたことなのだろうか。


「まさにカミアンのあぶり出し、ですよね」

「君は面白いことを考えるね。まるで遺伝するとでもいうような口ぶりだが」

「多分、『遺伝』します。正確に言えば、『性染色体を受け継ぐ』ということですが」

「多分? いい加減なことを」

「他にも、いたんですよ」


 我慢できずに張り上げそうになった私の声を、彼の冷静な声が押さえつけた。


「あの子と同じ『体質』の人間が」


 思わず彼の目を見つめる。駆け引きやはったり、では、無い……


「どこに……」


 思わずそう訊き返してしまって、私は彼から視線を外した。


「他にいるのなら、その人に協力を頼むと良い」

「残念ですが、今その人がどこにいるか、分からないんです。だから」

「アイサは私が守る。一生、ね。そして私はカミアンだ。カミアンに子はできない。君の心配も彼女に関しては杞憂だ」

「本当にそうでしょうか」


 また彼の声のトーンが大きくなった。


「本当も何も、どのカミアンにも子供などいない。聞いたことがない」

「それは『そういう行為』をカミアン同士ではしないからでしょう。俺にはそのことが不思議ですけど……カミアンは四次元生命体なんですよね? そしてそれを容れる器がその身体。でも、それ、明らかに人間のDNAから作られたものです」

「な……」

「カミアンは悠久の時を生きてきた。そう聞きました。しかし、その身体は、人類の誕生より後に獲得したものです。人間のDNAを利用して。でなければ、生殖行動をしないカミアンに性器が付いている理由が、ありません」


 この青年……あの疑問に対しての答えに、たどり着いているのか。

 

「だから、なんだ」

「DNAが同じである以上、カミアンと人間の間にも子供はできる、ということです」

「そんな話も聞いたことがない。仮説だ!」

「いるんですよ」

「な……何が」

「カミアンと人間との間の子が」

「どこにだ!」

「フィスのお腹の中に」


 そこで彼は言葉を止めた。わざとだ。私に、不都合な事実を認めさせるために……


「いや……そんな……」


 そう言いながら首を左右に振る私をしばらく見つめた後、彼はおもむろに言葉を続けた。


「俺の子が」

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