追憶の村 2

「硫黄島、に?」

「ああ。もしかしたら、じいやはアイサに何かを伝えたかったのかもしれない。そこでアイサのことが何か分かるかも」


 アイサのじいやは、アイサが言うには『カミアン』だったらしい。それが誰のことであるのか、私には分からないが、アイサの出自に関する何かを残しているかもしれない。私はそう考えていた。


「うん……」

「嫌かい?」

「嫌じゃないけど……」


 アイサも薄々自分に関する何かがそこにあるかもしれないと思っているのだろう。口に指をあてて何かしらを考えている。その表情は決して明るいものでもなければ期待感が込められたものでもない。コノエ青年の言ったことを考えると、前向きなことを考える余地はないのだ。


「そうか……じゃあ、別のところにしようか」


 これ以上アイサを苦しめることはしたくない。そう思って言った私に向けて、アイサは首を左右に振った。


「……連れてって。硫黄島に」


 私を見つめるアイサの瞳には、不安以外の強い何かがある。だから私は、静かに頷いた。


※ ※


「持っていくものはないかい?」


 しばらく帰ってこれないかもしれない。そもそも家主であるはずのマスターが亡くなったことで、この部屋がどうなるのかも私には分らなくなったのだ。


「無い……と思う」


 部屋を見回しながらアイサがそうつぶやいたとき、突然ドアホンがなった。アイサが少し不安げな表情で私を見る。


「昨日買ったものが届いたのかもしれないよ」


 玄関へ行きドアを開ける。と、そこにコノエ青年が立っていた。


「お早うございます」

「……君か」

「あまり、歓迎されてませんね」

「この場所が知られていたとはね」

「すみません」


 コノエ青年は、悪びれる様子も無く、謝罪の言葉を口にする。


「無礼は承知しています。ヤナさん、ロクアイを出るんですか」


 何かすべてを見透かされているような彼の言葉に、私は眉を顰めた。


「ああ、すまないが、やはり君には協力できない」

「もう少し話を聞いてはもらえませんか」

「断る」

「あの子は」

「言うな」


 少し語気を強めて、彼の言葉を遮る。しかし彼の表情は一つも変わらず、ただ冷たい目で私を見つめていた。

 それがさらに私のいら立ちを強めてしまう。 


「これ以上の無礼は、許容範囲を超える」

「そうですか……貴方は、争いごとを嫌う性格だと聞いてたのですが」

「場合によりけりだ。そういえば君は、『仲間』から私のことを聞いたと言っていたね。でも私はあのニアというカミアンに会ったことはない。誰から私のことを?」

「フィス……アンフィスですよ」


 私のことをよく知っているカミアンとなると数は少なかった。しかしそれでも、その数少ない旧知の仲の一人であったカミアンの名が彼の口から出たことに、私は驚きを隠せなかった。


「君は……アンフィスを知っているのか」

「ええ、まあ。俺の恋人ですから」


 そこでさらに私は驚く。アンフィスが言っていた人間が、この青年のことだったとは……


 可能性として考えられなくはなかったはずなのだが、コノエ青年の横に常に寄り添っていたあのカミアンの存在がその可能性を私の頭から消してしまっていた。


「では、ニア……彼女は君の何だ」

「恋人、ですよ」

「あまりいい気分はしないな」

「貴方の価値観は、カミアンよりも人間に近いのですね」

「君の価値観が、人間から遠いように思えるが」

「そうですね」


 わざとなのか、それともこれがコノエ青年の持つ特性というべきものなのか。

 彼の言葉に、私のいら立ちが頂点に達した。


「もう関わらないでくれ」


 ドアを閉めようとしたが、コノエ青年の脚がそれを遮る。


「貴方は……カミアンがこの世界にいられなくなってもいいと言うんですか?」

「私には関係ない」

「俺には関係があります。いいですか、あの子は」

「言うなと言ってるだろう!」


 思わず彼の胸倉に手が伸びたが、ドアを止めていたはずのコノエ青年は、その私の手をするりとかわしながら、ドアをあけ放った。


「なっ……」


 少し下がって、それでも私を見つめている。と、そこで彼の雰囲気が変わったのが分かった。


「穏便に済ませたかったのですが……すみません、黙って貴方を行かせるわけにはいかないんです。俺にも、」


 凄んでいるわけでも、脅しているわけでもない彼の言葉に、一瞬たじろいだのを自覚する。

 丸腰の人間相手に? 私が?


 と、その時、アイサの軽い悲鳴が上がった。慌てて振り向いた私の視線の先に、黒いドレスの女、ニアがいる。部屋にいるアイサと私の間を塞ぐように立っていた。

 私はもう一度、コノエ青年へと振り返る。


「譲れないものが、あるんです」


 そう言い放った彼の目は……あの残酷な、カミアンの目にそっくりだった。

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