抵抗有理 5
「君が……欲しかったもの?」
「ええ、そうです」
ムイアンが、というのも分からないが、しかし、この青年がアイサについての情報を欲しがっているというのも、猶更に訳が分からなかった。
「そういう君は、あれが何なのか、知っているのか?」
「もちろんです。多分、貴方以上に」
そう言うとコノエ青年は、私にしがみついて震えたまま、顔を上げようとはしないアイサを一瞥する。
私は無意識に、アイサを庇うように体を動かした。
「マスターは、なぜ殺された」
「彼は、手に入れた情報を島の外に出そうとしたのでしょう。しかしそんなことをすればムイアンがすぐに見つけてしまう」
「見つける? どうやって」
「奴はネット空間を支配しているんですよ。確かにこの島のネットワークは奴から独立しています。しかし、島の外へ情報を出そうとすれば、すぐにばれる。彼が発信しようとした情報は消され、そして、彼も消された」
「ムイアンは、人の姿をした人工頭脳で、世界はおろか、ネット空間をも支配し、カミアンの能力すら使いこなすというのか? 馬鹿げている」
「ついでに言えば、思想警察を動かしているのもムイアンです」
驚きで、私は言葉を失った。この青年が話すことは、『絵空事』にしか聞こえない。どう見ても、誇大妄想の持ち主か、そうでないなら陰謀論者だ。
「でも、それをせず、俺の前に姿を見せるリスクも承知で、自ら彼を殺しに来たんです。余程あの情報を、確実に消したかったんでしょうね」
「すまないが、君の言うことを信じることはできない」
「ああ……無理もないです。ムイアンが何者なのか、さっきも言いましたが俺も、この世界に残っているカミアン達も、まだはっきりとは分かってないんですよ。ある時突然現れた。でも、言われているような、『とあるロシア人科学者が開発した人工頭脳』なんかじゃないです。肉体も、奴の『端末』に過ぎない」
「肉体……?」
「ええ。ケイ素化合物でできた肉体を使っています」
「いや……君は、なぜそこまで知ってるんだ……」
「なぜ? そうですね。抱いたことがあるから、ですかね」
そんなことすら平然と、この青年は口にした。顔色一つ変えずに。
この青年は、ムイアンの……何なのだ?
「とても美しい身体でしたよ。ブロンドの髪の毛、そして、エメラルドの瞳」
彼の言葉の内容より彼の存在自体が気になっていたのだが、『エメラルド』という言葉には、自然と反応してしまった。
彼は、私のそんな微かな変化を見逃さなかったようだ。
「会ったんですか?」
「……ホテルを出る時、襲われた」
「そうですか。いや、その子が無事でよかったです。そのお陰でやっと、奴のしっぽを捕まえることができました。本当に感謝しています。あれから三十年……三十年かかりました。やっとです」
「三十年? 君は大学生じゃ……」
「ええ、そうですよ。まだ、十九歳になったばかりの」
そう言って彼はまた笑った。しかしこの笑顔は、何の含みもない、どこか幼さの残ったもののように見える。
そんな、もしかしたらそれがこの青年の本性かもしれなかったものを一瞬で顔から消し去り、再び真剣な眼差しに戻った。
「ヤナさん、すみませんが、俺たちに協力してもらえませんか?」
「協力?」
「ええ。その子の存在を、公にするんです。その子がどういう存在かを、世界に知らしめる」
「な……ふざけているのか?」
「いいえ、俺は真面目です」
「何の為に!」
「何の為? それはもちろん」
そこで彼は少しだけ考える素振りを見せた後、
「ムイアンをこの世界から消すためですよ」
と、口にした。憎しみも、怒りも、哀しみも宿っていない瞳で。
「あの情報と、そのことと、一体何の関係があるんだ」
「良いのかな? それをここで話しても」
突然、女の声が割って入ってきた。奥の部屋からあの白髪のカミアンが現れ、コノエ青年の腕に取り付くと、彼の頬に自分の顔を寄せる。
「ニア、どうだった?」
「もう特に残っている情報はないかな」
「そうか」
コノエ青年は、少し残念そうにそうつぶやくと、再び私の方を向いた。
「ヤナさん、お願いです。俺たちに」
「すまないが、断る」
ほらね、と女がコノエ青年の耳に囁く。しかし彼は、私の拒絶の言葉にも動じていないようだった。
「明日……明日まででいいです、もう一度考えてみてください。これには、人間とカミアン、両方の未来がかかっているので」
「君は、『人間』ではない」
そんな私の言葉に、彼がまた軽く笑う。
「ええ、そうですよ。もう、超えてきました。では、明日に」
そう言って彼は、白髪のカミアンとともに、宙空へと消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます