抵抗有理 2
※ ※
『ムイアンがこの世界を封鎖してしまったのよ。だからもう、もしこの身体を失ったら、再構成するだけのエネルギーをコアから貰うことはできないの。わかる? もうアタシたちは「不死」じゃないの』
『それならそれで構わない』
『冗談言わないで! アタシは嫌よ、そんなの、願い下げだわ! カミアンは尊厳に満ちた存在なの。人間の上に立つべき者なのよ。ムイアンの好き勝手にはさせない。アナタも戦いなさい、ヤンティナ!』
『私は……人間になりたいんだ、アンフィス』
※ ※
ドレス姿の女性が発した『ムイアン』という言葉に、頭の奥へと押し込めていた記憶が蘇る。
「ムイアンというのは、『多重知能的人工神経回路』のことかな」
それは人間の備わる複数の知能をもった人工頭脳であり、『多重知能的人工神経回路―Multiple-Intelligent Artificial Neural Network』の頭文字をとって『MUIANN(ムイアン)』と呼ばれていた。
今や世界の主要な国々が導入している人工頭脳で、政策決定から果ては信号機の制御まで、人間社会を管理している。
「表向きは、そうですね」
コノエはそう答えたが、傍に現れた女性は、そのことには興味がないというように、コノエの腕に手を回し自分の頬をコノエの肩に押し付けた。
「ニア、人前だぞ」
「いいじゃないか、コノエ。あいつらもう、ひき始めたし」
「そういう問題じゃない」
ニアと呼ばれた女性は、コノエに甘えるようなしぐさを見せながらも、その紅い瞳を私から逸らそうとはしない。
「でも、ボクよりも世間に疎いカミアンがいたとは、ちょっと驚きだね。俄かには信じられないな」
「ニア」
コノエがたしなめるように彼女の名前を口にすると、女性は少しむくれた様子でそっぽを向いた。
「すいません。気を悪くしないでください」
物腰は丁寧なのだが、彼にはどこか『食えない』ところがある。それが、私の警戒心をさらに掻き立てた。
「いや、気にはしないが……ムイアンとは単なる人工頭脳だろう。いわば仮想の存在だ」
「いえ、そうではありません。現実に、存在するのです。実際、ムイアンがこの島に入り込んでいました。いや、それ自体は千載一遇のチャンスだったのですが……逃してしまいました」
「その言い方では、ムイアンは人工頭脳ではなく、まるで人間のように肉体をもって動き回っているように聞こえるのだが」
「ええ、そうですよ」
彼は平然とそう答えた。
「君は……何を知っているんだ?」
少し不躾な物言いだったかもしれない。しかし私はそう訊かずにはいられなかった。
カミアンが傍にいる以上、この青年がカミアンについて詳しいのは分かる。しかし彼は、カミアンたちが知っている以上のことを知っているようだ……
「詳しくはないです。ムイアンの正体は、まだ見えていません」
「しかし君は、『逃がした』と言ったね。何故、ムイアンなる者がこの島にいたと分かったんだ?」
「ムイアンは、この国の様々な『情報』をコントロールしています。この島のことが外に伝わらないのはそのせいです。でも、この島にあるカメラや音声による監視システム、そして情報通信網は、俺たちが握っているんですよ」
「そんなことが」
「できるんです、この島なら。誰がこの島にいるのか、誰が出入りしたのか、俺たちはほぼすべてを把握しています」
「それで、ムイアンがいることが分かったと?」
「この島を出入りする者は通常、橋か、さもなければ船か飛行機を利用します。突然島に現れる。そんなことは思想警察にも、公安のC担ですらもできません。それができるのは、『次元シフト』か『重力制御』を使える者」
そこで彼が言葉を切る。私を見る視線に、少し探りを入れる気配を感じた。
「カミアンでなければ、ムイアン」
「ムイアンも、その能力を使えるということなのか?」
「ええ」
思わず聞き返した私の言葉に、彼は間髪を入れずにうなずく。それが引き金となり、ホテルで会ったあの女のことが私の脳裏に浮かんだ。
自ら『公安特務課』を名乗っていたが、あの女が言っていた言葉、そして使った能力……
「貴方のことも少し調べました。幸い知っている仲間がいたので、貴方の正体は、すぐ分かったのですが……」
思考が、彼の言葉によって中断される。『貴方の正体は』という部分を、彼がわざと強調したように聞こえた。
自然とひそめた私の眉を、彼は、そしてこのカミアンの女はどう思っただろう。私は無言のまま、さっきからずっと私の様子を見ていた女に視線を移した。
あの時、アイサの匂いに気づいたのか……
「あの女の子は、何者なのかな?」
人に非ざる冷たい視線を向けながら、女は私にそう尋ねた。
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