抵抗有理 1

「コノエ、どこ行っとったんや!」


 ユウトが、現れた青年を見てそう叫んだ。他のデモ隊の人間とは違い、青年はガスマスクはおろか、普通のマスクさえしていない。


「悪い悪い。島に入り込んだモブを追っかけてたら、ボスが出てきたんで、手間取った」


 青年は、私から視線を逸らすことなく、ユウトにそう返事をした。そのまま青年が傍にいるドレス姿の女性に「頼む」とつぶやくと、彼女は「やれやれ、人遣いが荒いね」と口にした後、一瞬で姿を消す。そして、再び橋の中央に現れると、そこにいた装甲服の隊員たちと格闘を始めた。


 あの女性……カミアンだ。


 この二人は、昨日出会ったカップルだった。あの時、私たちを見ていたあの黒いドレスの女性。しかし、昨日会ったという以上には、見知った顔ではなかった。


「倒したんか?」


 ユウトが傍に近寄ってきて、青年に尋ねる。現れた青年の様子以上に私を驚かせたのは、ユウトという青年がいくつかの『異能』を目の当たり見たにもかかわらず、全く驚いていないということだった。


「いや、逃げられた」

「使えんやっちゃなぁ」

「うるさい。にしても、今日は随分煙いな」

「今日は敵さん激しいで。けが人が出てもうた」

「仕方ない、解散しよう。皆にそう伝えてくれ。あと、サヤカと一緒に怪我人の面倒も」

「おう、任せとけ」

「ここは俺とニアで止めておく。いや……この人も一緒かな」


 私を見る青年の視線には、警戒心が山盛りに盛られており、およそ友好的とは言えない。


「なんや、わいを助けてくれたわ。兄さん、ほんまありがとな」


 ユウトはそう言って手を上げると、バリケードの方へ「引くで! 撤退! 撤退!」と叫び始めた。


「ユウトを助けてくれてありがとうございます」

「礼には及ばない。君と話がしたかっただけだからね」

「俺と、ですか」

「ああ。君がコノエ君だね?」


 この青年の様子からは、考えていることをうかがい知ることができない。確かに私は『闖入者ちんにゅうしゃ』ではあったが、それでは説明のつかない感情を彼から感じていた。


「ええ、そうです。ヤンティナさん」


 彼が私の、『真の』名前を知っていること以上に、わざわざ私を警戒させるようなことを口にしたことに、一層の驚きを覚える。


「随分とカミアンのことに詳しいんだね」

「ええ、まあ」

「しかし、私は西紀にしきヤナであって、ヤンティナではない」


 この青年が雨傘で銃弾を叩き落したとき、能力を使った時にカミアン同士が感じる一種の『波動』――重力子を操る力を、彼から感じることはなかった。あの黒いドレスの女性からは感じたのに、だ。

 つまりそれは、彼がカミアンではないことの証左である。そうではあるのだが……本当に、人間なのか?


「それは失礼しました」


 目の前の青年は、余りにも形ばかりの謝罪を口にし、しかもそれを隠そうとはしなかった。


「なぜ君たちは、こんなことをしているんだ?」

「なぜ?」


 彼の言葉に載っていた警戒心が、怪訝さに変わる。


「それは」


 そこで一旦言葉を切った彼は、その先を言うべきかどうか迷っているようだった。しかしその迷いも、宙空より突如現れ、そのまま彼にしなだれかかった女性の発言によって無駄なものにされる。


「ムイアンを引きずり出すため、だよね、コノエ」


 彼女はまた、私を見て笑った。それは、己の欲望の為には全てを切り捨てても平然としていられる、カミアン特有の残忍な微笑みだった。

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