雨傘の少年 4
ここは危険だから。そう反論しようとした私を、アイサの視線が封じる。
「助けるって、あんたに一体何ができるんだ?」
マスクの女性と言い争っていた男が、イラついた気持ちを隠すことなく、私に突っかかってきた。
周囲の状況、女性の様子、そしてアイサの眼を見る。そして私は、一つため息をついた。
「すまないが、この子を少し見ていてほしい。あと、マスクもこの子に」
戸惑ったような目で私を見上げていた女性に、そう声を掛ける。彼女の目が少し驚いたように見開かれた。
「何を……するの?」
「君たちが逃げる時間を作って来よう。アイサ、何かあったら大声で私を呼んで。いいかい?」
アイサは、私がそうすることを分かっていたかのように、しっかりした目で小さくうなずいた。
「気を付けて、ヤナ」
「ああ、すぐ戻るよ」
「でも、あなたが行ったところで……」
そう口にする女性を、私は手のひらを向けて制止した。
「その子を頼んだよ」
※ ※
橋の入り口付近では数十人ほどだろうか、何かを使ってバリケードを築き、対岸から島へと渡る比較的広い四車線道路を封鎖していた。
バリケードの向こう、数百メートルの長さの橋の中央付近では火の手が上がり、車が二台燃えているのが、立ち込める煙の中に浮かび上がっている。
バリケードの人垣には幾つもの傘が開いており、橋の中ほどからひっきりなしに飛んでくる催涙弾を、その傘で防いでいた。
突然、バリケードの一角が崩れる。
「やばい、助けろ!」
怒号が飛んだ。デモ隊の一人が二人の機動隊員にバリケードの外へと引きずり出され、警棒で殴られながら連れて行かれそうになっている。
デモ隊の一人が、その人物を助けようとバリケードの外に飛び出したが、そこに後方から催涙弾の水平射撃が加えられ、身動きが取れなくなった。そうしているうちに、捕まった一人はどんどん橋の中央へと引きずられていく。抵抗するも、再び機動隊員に殴られ始め……
そこでその機動隊員二人が、蹴りの衝撃で後ろへと吹き飛ばされた。地面に倒れていたデモ隊の男が、突如目の前に現れた私をガスマスク越しに恐る恐る見上げる。
「さっきの兄さんやないか」
聞き覚えのある声だった。あの、怪我人を手当てしていた女性が『ユウト』と呼んでいた若者だ。
「大丈夫か?」
「大丈夫なわけあるかい。あちこち、痛いわ」
「なら、大丈夫だ」
私は彼の腕を取り、立たせた。
「早く、バリケードへ。皆に逃げるように言うんだ。私がここで機動隊を止めておく」
「そんな、兄さん一人じゃ、無理や」
「いいから、早く」
まだ何かを言おうとする彼を、私はバリケードの方へと押しやる。そこで、彼が声を上げた。
「危ない!」
その声に、橋の方へと振り返る。いつの間にか、アサルトライフルのようなものを構えた者たちが五人、横一列に並びこちらに銃口を向けていた。
さっきまでいた機動隊とは違う。あれは、装甲服……
一斉に響く銃声。咄嗟に出した左手で『ME変換フィールド』を張る。そこで、その五人全員が私一人を狙っているわけではないことに気が付いた。
しまった……
発射された五発の内の二発が、私ではなく、ユウトを助けるためにバリケードの外に出ていたデモ隊の一人へと向かう。左手の前で三発の銃弾が運動エネルギーを失ったのを見て、私は『次元シフト』を行った。
間に合え!
銃弾を止めるために彼の前にシフトアウトし、左手を前に出す。しかし銃弾は、私の許へと届く前に地面へと叩き落とされていた。
私の前方に現れた、二人によって。
手に雨傘を持った青年と、黒いドレスを着た白髪の女が、同時に私の方へと振り返る。そして、笑った。
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