雨傘の少年 1

 「アイサも」と言ってきかないアイサが、私が止めるのも聞かず、同じ方法で私と『一つ』になる。下半身に広がる快感に身を委ねつつも、このカミアンの身体でも『快感』というものを感じるのだなと、冷静に考える自分が頭の片隅にいた。

 欲情の種が身体の奥から湧き上がってくるのを感じ、アイサを引き離そうとしたが、アイサは私を離そうとはしない。堪えきれずに吐き出したものを、アイサが私の目の前で喉を鳴らして飲み込んだ。そして、私の耳元で「ヤナのなら、何でも飲めるって言ったよ」と囁くに及んで、私の中にあった『最後の理性』はどこかへと飛んで行ってしまった。

 アイサをベッドへと連れていく。再びアイサと『一つ』になろうとした私を、アイサがどこか慈愛にも似た笑みを浮かべながら、押しとどめた。


「男の人と女の人のように、ヤナとアイサ、ちゃんと一つに、なれるかな?」


 無邪気にそう言ったアイサの言葉に、私は自然とお互いのものを見比べる。


「んー、分からないな……」

「じゃあ、やってみよ?」


 そう言ってアイサが両手を広げ、私を誘った。

 アイサは、自分の身体の『異常』を自分の中で『正常化』できたようだ。それが私の言葉や行為のせいだったのか、それとも、何か自己発生的な要因があったのか、私には分からない。

 しかしもう、そのことは考えないことにした。私は、一体どこに挿入するつもりなのだろうと心の中で苦笑しながらも、まるで初夜を迎える新婚の夫婦のように、いや、二人にとって文字通りの初夜となる今を、アイサと楽しむことに心を躍らせる。

 そしてアイサの身体へと、自分の身体を重ね……


 と、遠くの方で微かに、しかしはっきりと、何かしらが破裂するような音が聞こえた。


 頭を起こし、耳を澄ませる。


「どうしたの?」 

「しぃ……何か聞こえなかったか?」


 アイサも私と同じように耳を澄ませる。外はいつの間にか薄暗くなっていて、微かに残る夕焼けの余韻が窓に映っていた。

 ふと、違和感を感じる。外があまりにも静かだ。


 ぽんっ、ぽんっ


「聞こえた?」

「ううん、何も」


 アイサには聞こえなかったようだが、確かに何かの音がした。

 私は、アイサに軽くキスをすると、「少し様子を見てくる」と耳元にささやく。


「念のため、服を着ておいて。直ぐに戻るよ」


 アイサが頷く。私は一通りの服だけを着た後、玄関を出た。西の空にオレンジ色の空がわずかに残っているだけで、もう外は夜の帳が降りている。

 三階の廊下の端から外を見渡した。周囲に人気が無くなっていたことを除けば、どこも変わった様子はない。しかし再び、遠くで何かが破裂するような音がした。


 アパートの屋上へと昇り、音が聞こえたと思しき方角を見る。生活の明かりが広がる中、北の方角に不自然なオレンジ色の光が小さく浮き上がって見えた。

 人に見られるようなことはなさそうだ。私はその場にしゃがみ込むと、自分にかかる重力の影響を消す。そのまま屋上を足で蹴り、勢いよく上へと飛び上がった。

 花火のように体が上がっていき、視界が広がっていく。


「あれは……」


 遠くに火の手がいくつか上がっている。その方向には、対岸の神戸へと渡る橋、センターブリッジがあった。

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