愛すべき理由 6

 アイサが私の顔を引き寄せる。


「アイサ、君はまだ高校生で」


 そう言って最後の抵抗を試みる私の言葉を、そう言うのが分かっていたかのように、アイサが途中で遮った。


「もう知ってるよ。男性と女性がすること、アイサ、知ってるよ」


 息がかかるほどの距離。


「アイサが女の子なら、ヤナと一つに、なれるよね?」


 お互いの体温が感じられるほどの距離。そこでアイサは、動きを止めた。


 この子は再び、私に決断を迫ろうとしている。私の言葉で揺らいだアイデンティティ……彼女は、私という存在だけを自分の存在の拠り所にしようとしているように感じられた。


「アイサは、なぜそんなにも私を……」


 ずっと不思議でいたこと。心のどこかで引っかかっていたこと。しかしアイサは、そんな私の疑問を根底から覆すような言葉で応じる。


「人を好きになるのに、理由が必要なの?」

「でも、何かしらの理由があって」

「じゃあ、その理由が無くなれば、好きでなくなる?」

「多分、そう……」

「アイサはそんなんじゃない。ヤナを好きになるのに、理由なんかいらないもん」


 理由の無い愛。そんなもの、幻想にすぎない。好き嫌いには理由があり、その理由が無くなれば、愛という感情も、憎という感情も、消えてなくなるのだ。いつかは、記憶という砂が風に吹かれて霧散するように。


「じゃあアイサは、私のすること全てを受け入れられるのかい?」


 アイサの肩に手を置く。


「できるよ」


 迷いなくそう答えたアイサを、私は身体を入れ替えて、真っ暗になった浴室の中央に立たせた。浴室の入り口へと手を伸ばす。


「私にアイサの全てを、見せられるかい?」


 浴室の電灯のスイッチに、手を置いた。そのまましばらく待つ。闇の中、静かだったアイサの呼吸音が、少し大きくなり、その間隔が短くなった。


「できるよ」


 そう答えたアイサの声は、微かに震えている。私はそんなアイサの様子を感じながら、スイッチを押した。生まれたままのアイサの身体が、オレンジ色の光の中に浮かび上がる。

 アイサは、身体を隠しはしなかった。いや、身じろぎ一つしなかった。しかしその暗赤色の瞳は、明らかに不安に揺れている。それでも目を逸らすことなく、私をまっすぐに捉えたままだった。

 私はアイサに近づき、ゆっくりと膝まづく。そこで一つ、アイサが息を吐いた。


 アイサが持つ不思議な、いや、もはやグロテスクと形容すべき器官。女性のものでも男性のものでもない、形の違う奇妙な突起が二つ、私の目の前にさらされていた。

 アイサが身を震わせる。その震えは、止まることなく次第に大きくなっていった。


「ヤナ……お願い……」


 その先はもう涙声となり、聞き取ることができない。アイサがそう懇願するようにそう言ったとたん、妙に生々しく、それでいてむせるほどに甘酸っぱい匂いが、浴室の中に立ち込めた。


「一つになろう。アイサ」


 アイサの白く華奢な手を、優しく握りしめる。その冷たさを感じながら、私は目の前にあったものを、ゆっくりと、自分の口に含んだ。

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