催涙弾の降る街 7

 紅蜥会。このロクアイを支配していた中華系マフィアだ。それが潰れた?


「一体、どうして」

「どうしても何も、その少年がロクアイにあった紅蜥会の拠点全部叩き潰しちまったってぇ話だ」

「そんな話、一管じゃニュースにもなってなかった」

「ああ、そうだろうよ。もっと言やあ、三管でもどれくらいの人間が知ってるか、分かったもんじゃねえな」


 三管――第三管区、つまりこのロクアイを含む行政区分であり、旧関西圏に相当するエリアである。その中でも知っている人間が少ないというのは、もちろんそもそも『紅蜥会』自体が裏組織だからというのもあるだろうが、もう一つ、情報が出回るのを思想警察が止めている可能性が高い。つまりは……


「その少年、もしかして『C』?」


 C、もちろん『カミアン』のことだ。残念ながら私には、『少年』の身なりをしたカミアンに覚えがなかった。


「そう思うよな。ところがだ、どうもそうじゃねえらしいんだ」


 正直、人間を超える能力を持つ者でない限り、そんな芸当はできないはずだ。それなのにCではないというのは……私はマスターの言わんとしていることが、全く予想できなかった。


「人間らしい。ただ、Cを何人か連れてるって話だ」

「ええっ?」

「お前さん、心当たりはねえのかよ」


 マスターは私の正体を知っている。知っていて私と組み、このバーで情報屋を営んでいた。私との関係は、お互いのためにということで極めてビジネスライクに、つまり金銭的契約をもって結ばれていたが、それはお互いの信頼関係を壊さないためのものだった。

 私はマスターに情報を売り、この街で生活していたのだ。


「ここに来る前も、ずっと一人でいたから。知らないCの方が多いし、ましてやそんな話となると……」

「うーん、そうだったな……」


 どうも、マスターにもその少年の正体は分からないらしい。それもそうだろう。カミアン関係の情報はよっぽどでない限り出てこないのだから。


「でも、紅蜥会がいなくなったってことは、それじゃ、ロクアイにも思想警察や公安が来るのか?」


 それは想定外のことだった。思想警察や公安の関与がこのロクアイにおいて少なかったのは、紅蜥会がいたからであり、それは言わばよくある、裏社会と公的機関の『なあなあ』の関係がなせる業であった。それともうひとつ、ロクアイが体のいい『隔離場所』として使われていたという側面もあったのだが。


「いや、その正反対だ」

「反対?」

「ああ。マフィアだけじゃない、ロクアイに入ってくる『公僕』どもも、そいつら、片っ端から探し出して、ここから叩き出してしまいよった」


 まさにその少年は、多分何人かのカミアンが協力しているのだろうが、思想警察や公安と真っ向から対決してるということらしい。


「だから、ここでお前さんのカードを使っても、公安が飛んでくることはねえよ。まあ、お前さんがここに来たってのはばれちまうがな」


 そう言ってマスターは、私に向けて意地悪気に笑った。


「その少年、そんなことをしてどうするつもりなのだろう」

「さあな。それは直接聞いてくれ。そんな連中とは関わりたくはねえ」


 マスターの『裏家業』は、ある意味、裏社会の存在が必要悪と言える。裏の方も商売あがったりなのかもしれないだけに、マスターはその少年にあまりいい感情を持ってはいないようだった。


「それが、『催涙弾』とどう関係がある?」

「半年前のことだ。突如、ロクアイで『デモ』を始めたやつがいる」

「デモ?」

「ああ。週末になると、一部の住人が行進を始めるようになった。島の外に向けて、だ。それを阻止するのに、機動隊が催涙弾をばらまいてる」

「なんでまた」

「それはな」


 マスターは説明を続けようとしたが、その時奥の部屋で機械的な音が一つ鳴るのが聞こえた。


「ちょっと待ってろ」


 マスターが奥の部屋へと消える。しかしすぐに、部屋の中からマスターが私を呼んだ。


「おい、ヤナ、来てみろ」

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