催涙弾の降る街 3

 セレブが集うパーティに出席したキャリアウーマン……そんな装いの女が、ウェーブのかかったセミロングのブロンドヘアをかき上げる。そしてゆっくりと開いた目の奥で、エメラルドグリーンの瞳が不自然なまでに光を放った。


 動かした左手首に付けている銀色のブレスレットだけが、全体の雰囲気の中で妙に浮いている。その『違和感』が、私にこれまで以上の警戒心を呼び起こさせた。


 問答無用、というべきか。私は再び手の中の金属の弾を握りしめ、人差し指をその女に向けると、何の警告もすることなしにエネルギーを撃ち込んだ。

 しかし、まるでそれを知っていたかのように、私の動作に合わせて女が左手を前に突き出す。私の放ったエネルギーの波動が、女の左手の正面でダイアモンドダストとなり、キラキラと輝きながら宙へと霧散した。


「ME変換フィールド……」


 異能者『カミアン』が持つ能力の一つ、物質とエネルギーの変換。私が使った能力と同じものを、目の前の女は使って見せた。


「あなたは、カミアンか」


 驚いて思わずそうつぶやく。その言葉を、女は表情を変えずに受け止めた。


「物理法則に従うのなら、どれほどその能力が魔術や超能力のように見えたとしても、『科学』で再現が可能だ。お前たち『カミアン』の専売特許ではない」

「そ……あなたは何者だ」

「私か? 私は公安特務課の者だ」


 事も無げにそう言った女に、恐怖を覚える。それにしても……C担の情報力を軽く見過ぎていたようだ。一晩は稼げると思った時間は、彼らがここを見つけるには不必要なほどの長さだったのだろう。

 女が左手の人差し指を、私の方へと突き出した。


「さて、その娘をこちらに渡してもらおうか。これが最後の『交渉』だ。その先はない」

「交渉、ではなく脅迫だろう」

「いや、交渉だ。お前は何か勘違いをしている。その娘は我らが責任をもって保護する。傷つけるわけではない。学校にも通える。不自由のない生活も与えられる。ただ、いくつかの知識を『除染』する必要はあるがな。ただ、それだけだ」

「そして、『カミアン狩り』に利用するわけか」

「それも勘違いだ。我々は『カミアン狩り』をしているのではない。カミアンにはカミアンのいるべき世界がある。人間に干渉してはいけない。我々は、カミアンを人間から切り離すよう動いているに過ぎない。その娘を連れて逃げて、お前は何とする?」


 女の言葉に、私は返す言葉を見つけられなかった。私はアイサを連れて……どうするつもりなのだろう。


「人間の陰で暗躍し、歴史を動かしてきたのももう終わりだ。人間もカミアンも、ともに幸せにならなければならない。お前はお前のいるべき場所へ、『聖域』で他のカミアンたちと一緒に悠久の時を生きるがいい」

「それが『C担』の狙いか?」

「狙い、というのは余り耳障りのいい言葉ではないな。それが組織の目的であることは認めよう。だから、私が『お願い』をしているうちに、その娘をこちらに渡せ」


 確かに、歴史の大事件の陰で暗躍してきたカミアンもいた。それが、人間に不幸をもたらしたことも否定はできない。

 やはり、私とアイサは生きる世界が違うのか?


 ふとそう考えた私の後ろから、アイサがびっくりするほどの大きな声で叫んだ。


「いや、アイサはヤナと一緒にいるの!」

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