神々のいない世界で 10

 冷静に考えれば、これは『誘拐』でしかない。しかし、三日前まで『じいや』と一緒に暮らしていて、『戸籍上の両親』とは一緒に住んでいなかったという彼女の話を聞いて、もう彼女の家のことを心配するのは止めにした。


「じゃあ、じいやは家で殺されたのかい?」

「はい……」


 辛い話かもしれないが、今後の為にも聞いておく必要がある。


「警察には言わなかったのかい?」


 そこで知波アイサが、足を止めた。


「じいやの身体、消えたの」


 連れて私も立ち止まる。


「消えた?」


 彼女は頷いた後、一言付け加えた。


「アイサの腕の中で」


 そして涙が零れ落ちる。そのまま嗚咽を漏らしながら、知波アイサは泣き始めた。


 見目も中身もほとんど人間と変わらないカミアンの肉体は、実際にはエネルギーを物質化してできた「仮物質」だ。だから、死ねばエネルギーの塵となって消える。

 そう、私たちカミアンはいわば『ヤドカリ』なのだ。私のこの身体も、『仮の宿』でしかない。そして『じいや』も、確かにカミアンだったのだろう。


 泣き続ける知波アイサの髪を、ゆっくりと撫でてあげる。艶やかでしっとりとした髪だった。


「カミアンは死なない。またどこかで、じいやと会えるかもしれないよ」


 驚きの目で、彼女が私を見つめる。


「ほんと?」

「はい、本当です。でも、君が捕まってしまったら、もう会えなくなる」


 私の言葉に、知波アイサは涙を拭き、また歩き始めた。


 C担の連中が大々的に私たちを追ってくることは考えにくかった。そもそも『カミアン』は社会から抹殺された存在なのだ。その存在を知っているのは、思想警察とC担……他にもいるのだろうか。

 そういえば、教頭の伊郷の前で、あの男は『カミアン』という言葉を発していた。一般人の前では禁句のはずなのに。


 伊郷……何者なのだろう。


 知波アイサが在籍し、私も雇われたあの光陽女学院。何かあったのかもしれないが、私には分らなかった。情報が足りないのだ。知波アイサにも聞きたいことはまだ山ほど残っている。


 時間が欲しい。


 しかし、知波アイサの家も、私の家も、追手が回っている可能性が高い。繁華街まで出た後、私は彼女を連れて、一旦ラブホテルに入ることを提案した。

 嫌がるかと思っていたが、知波アイサはその提案をすんなりと受け入れた。人通りを避けて入った裏通りのホテルの部屋で、私たちはようやく一息ついたのだった。

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