神々のいない世界で 7

「知波さん!」


 予想していなかった彼女の反応に、声を掛けるのが精いっぱいだった。追いかけようとして、思い留まる。


 追いかけてどうする? 彼女の手助けをする気はない。しかしあのままでは、直ぐにつかまってしまう……


 今の状況を考えれば考えるほど、絶望感が広がっていく。

 彼女を追いかけ、手助けすれば、私は今の状態を手放すことになるだろう。しかし、彼女を放っておいたとしても……彼女は私をカミアンだと言った。それを他の誰かに告げれば、どのみち私に火の粉が降り注いでくるに違いない。

 ましてや……あの子を、手に入れたい連中は多そうだ。その筆頭は、思想警察だが……


 思想警察よりも『ヤバそう』な、あのスーツ姿の男たちを思い出し、私は頭を抱えた。

 とその時、廊下に知波アイサの叫び声が響き渡る。私は慌てて部屋を飛び出した。


「西紀先生」


 部屋を出た直後に、後ろから声を掛けられた。振り向くと、伊郷と男が立っている。


「教頭」

「学校に従っていただかないと困るのですが」

「彼女をどうするつもりですか」


 戻した視線の先、少し離れたところで、知波アイサがスーツ姿の男に腕をつかまれ、逃れようと一生懸命もがいていた。


「先生!」


 悲壮な顔でそう叫ぶ彼女。私にどうしろというのだ……


「ちょっと待って下さい。おかしいでしょう、彼女は嫌がっている」

「知波アイサは『異常ミーム』に汚染されている疑いがあります。速やかに検査をしなければ」

「異常ミーム?」

「伝染性脳内情報のことです。彼女は危険な思想を持っています。しかもそれは周囲へ伝染していく」

「それなら思想警察が来るはずでしょう。でもその男たち、思想警察ではないですね」


 そう言った私の言葉に驚いたのは、伊郷の傍にいた男だった。


「お前、ただの教師ではないな」

「先生! 助けて!」


 男の言葉に、知波アイサの悲鳴がかぶる。


「他の生徒が聞きつけますよ、いいのですか?」


 私の脅迫めいた言葉に、伊郷は凍った視線を向けて、静かに答えた。


「今、生徒は全員、大講堂に集まっています。知波アイサを除いて」

「そこまで……」


 するのか。知波アイサを確保するために。


「西紀先生の処分については後日お伝えします。今日はお帰りください」


 結局、こうなってしまった。


『人間に? なれるわけないでしょう。アナタ、何を考えてるの?』

『私はどちらにも付かない。争いなら勝手にやればいい』

『どれだけ逃げても、事実は変わらない。アナタは、カミアンなのよ!』


 かつて、『仲間』と袂を分かった時に投げかけられた言葉が蘇る。

 それが、逃れられぬ宿命か。


「そうですか、わかりました。突然で申し訳ないが教頭、本日付でこの学校をやめさせてもらいます」


 私がそう言っても、伊郷の表情は少しも変わらなかった。


「そう……好きにしてください」

「分かりました、そうします」


 そういうや否や、私は知波アイサの許へと廊下を走る。驚いて私を見たスーツ姿の男の顔に向けて、私は拳を振り抜いた。

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