神々のいない世界で 6

「とりあえず、教頭は他へ行きましたよ」


 彼女が一つ、安堵のため息をつく。


「でも、すぐにでも戻ってきそうな勢いでした。ここにいたら直に見つかってしまいます。一体、何があったのですか?」


 しかし、私がそう尋ねると、困った表情を見せた。


「長くなるので……」

「でも、今出ていくのは危険かもしれません」


 あの男の様子、どう見てもこちらを疑っていた。私が様子を見てからでないと、知波アイサをこの部屋から逃がすのはかなり危険だ。

 教頭がこの子を探す理由はない。いつでも学校にいるのだから。急いで探す理由となると……あの男たちが、この子を探しているのだろう。


「スーツを着た男たちがいました。心当たりはありますか?」


 私のその言葉に、知波アイサの顔色がさっと変わる。うつむき、手に持ったかばんをぎゅっと抱きしめた。


「あの人たちが、じいやを殺したの。アイサ、見たの」


 殺した……とは。


「じいやって誰ですか?」

「アイサを育ててくれた、おじいちゃん」


 学校から、指導する生徒の大まかな情報は得ていた。しかし、知波アイサには、確か両親がいたはずだが……


「ご両親がいるのでは?」

「本当の親じゃないの」


 それは初耳だった。


「じゃあ、その『じいや』は本当のおじいちゃん?」


 そう訊き返した私に、彼女は首を左右に振って答える。

 一体どうすればいいのか、途方に暮れた私に近寄ると、知波アイサは私の服をつかみ懇願の目を向けた。


「先生、カミアンですよね? 私を、助けてくれるんですよね?」

「カミアンという言葉、誰から聞いたのですか?」

「じいや」

「その『じいや』がそんなことを?」

「アイサの匂いに気付く人を探せって。その人は『カミアン』だって」


 この言葉の内容の重大さに気が付くのに、そう時間はかからなかった。それが本当なら、この子がいれば誰がカミアンなのかが分かるということだ……


 この子……一体何なのだ?


 『じいや』という人間が一体何者なのか、この子が知っている可能性は低い。しかし、その『じいや』は様々なことを知っていたはずだ。この子の言葉を信じるなら、もうすでに殺されているということだが……いや、待てよ。本当に人間だったのか?

 

「もしかして、じいやは、その『カミアン』だった?」


 そう訊いた私の言葉に、知波アイサは暫く私を上目遣いで見つめた後、ゆっくりと首を縦に振った。 


 何ということだ……


 安寧を求めてきたはずのこの場所に、再び厄介ごとがもたらされる。勘弁してほしい。もう関わるのは、ごめんなのだ。


「その『カミアン』があなたを助けてくれると、じいやが言ったのですね」


 私の更なる確認に、知波アイサは首を横に振った。


「探せとだけ……」

「そうですか……すみません、どのみち私はその『カミアン』という者ではありません。確かに、あなたの匂いは感じます。でも、カミアンというのが何なのか、知らないのです」


 そう告げた私に対して、彼女は信じられないといった表情で顔を左右に振る。そして、大きな声で叫んだ。


「うそ! じいやが嘘をつくはずないもの!」


 余りの大声に慌てて口を塞ごうとした私の手をすり抜け、ドアへと取り付くと、知波アイサはロックを開けて、外へと飛び出していった。

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