神々のいない世界で 2
「フーコーは、近代的な主体形成を『主体化』と表現したのですが、その言葉には実は『従属化』 という意味もあります。フーコーは、例えば学校を『子どもを従順な主体として作り上げている場』だと考えたわけで、まさに今私は、君たちを従順な主体に作り上げている最中……なんてね」
映像が終わった後の補足説明とまとめ。少しのジョークを交えた話のはずだったのだが、誰一人クスリとも笑わなかった教室に、私の声だけが虚しく響いた。
そこでちょうど授業終了のチャイムが鳴る。
「終わりにしようか」
「起立」
私の言葉を合図に、日直が号令を掛けた。挨拶が終わると皆、自由時間へと移っていく。そんな生徒の姿を見ながら、まるで拘束から解き放たれたかのように、私は息を一つついた。
しかし、そこでまた知波アイサと目が合ってしまう。
……目を逸らすことができない。
彼女と見つめ合いながら、私は教室を後にした。
※ ※
非常勤講師用の控室で授業の報告書を書く。机が一つあるだけの、一人用の狭い部屋だった。この部屋自体は共用だが、その日来る非常勤講師は一名のみであって、今日は私専用と言える。私以外に非常勤講師は二人いるらしいのだが、会ったことは一度もなかった。
入力用端末のモニターを見ながら、私は知波アイサのことを思い出す。
書くべきか?
この端末に入力する内容は学校への報告書だ。そして、授業中の態度はもちろん、知波アイサの成績に反映される。『授業時間中ずっと、授業映像を見ることなく教壇の講師を見つめていた』……そんなもの、マイナス評価になりこそすれ、プラス評価になることはない。
それにしても……彼女はなぜ私を見ていたのだろう。別に親しいわけではない。いや、話した記憶すらなかった。
少し考えた後、結局、知波アイサのことを書かないまま、報告書の入力を終える。
コンコン
とその時、ドアをノックする音がした。端末の電源を落としながら返事をする。
「どなたですか?」
しかし、それに対する応答は返ってこなかった。席を立ち、ゆっくりとドアを開ける。
目の前に、知波アイサが立っていた。
膝上までの、空色のフレアスカートがまぶしく映る。少し息を飲んだことを、彼女に気づかれただろうか。
「どうしたのかな?」
感情を抑え込むように、わざと抑揚のない声でそう尋ねる。彼女のぼんやりとした雰囲気は、授業中と変わりはない。知波アイサはどこか『心ここにあらず』といった様子だった。
「知波さん?」
名前で呼びかけてみる。すると彼女は少し驚いた様子を見せた後、私の目にその視線の焦点を合わせた。そして、この小さな控室の中を軽くのぞき込むように見た後、ようやく口を開く。
「あの……質問……」
そこでまた彼女は口をつぐんだ。しかしさっきまでとは違い、彼女の目は何かを訴えかけるように私を見つめている。
「質問? 授業のですか?」
こくりと彼女が頷いた。
「いいですよ、どうぞ」
私はそう言いながら、壁にあった折りたたみ椅子を広げ、机の横へと置く。ドアを閉める音の後、カチャッという音が部屋に小さく響いた。
はっとして知波アイサを見る。彼女は手を後ろにしてドアの前に立ったままだ。
「えっと、ドアは」
開けておいてくださいという後の言葉を遮って、知波アイサが私に近づき口を開いた。
「
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