催涙弾の降る街 1
しばらくの間、私とアイサはホテルのベッドに横たわり、抱き合っていた。一秒でも長くこうしていたいとでもいうように、アイサが私を離そうとしなかったからなのだが、結局、なぜこの子がこれほど私を好いているのかは分からなかった。
でも、彼女が本心からそう望むというのであるなら、それはもうそれでいいと思う。それよりも現実的な話……これからどうするか、決めなくてはならないのだ。
「アイサは、『ロクアイ』という町を知ってるかい?」
私は、腕の中のアイサの耳元に向けてそう尋ねた。
「ううん、知らない」
「そうか」
「そこに行くの?」
町、と言うからには目的地のことだろう、というのはアイサにも想像がついたようだ。しがみついていた私の体をようやく離すと、アイサは私の瞳を覗き込んだ。
「そうだね、とりあえずそうするしか思いつかない」
「ヤナが前に住んでいた町?」
「ああ、そうだよ」
「どんなところ?」
ならず者たちが毎日のように公安と闘争を繰り広げる、この日本に残された唯一の無法地帯……
「私が住んでいた時は少し物騒な町だったけど、その分警察の力が弱いところだったね。もちろん公安も。危険じゃないとは言えないけど、身を隠すにはそこが一番、かな」
正直、今もまだそうであるかは不明だ。行くとしても、ギャンブルであることは否めない。
「ヤナがそういうのなら、アイサはそれでいいよ」
そんな私の憂慮とは裏腹に、アイサはどこか熱を帯びた瞳で私を見つめたままそう答えた。
「それが……少し問題があってね」
「なに?」
「遠いんだ」
「遠い? じゃあ、また飛んでいくの?」
アイサは少し目を見開いて、期待を込めた瞳でそう尋ねてくる。
「いや、それもできないほどの遠さなんだ」
しかし、そう返した私の言葉に、少しがっかりした表情を見せた。
「じゃあ、どうやって行くの?」
「瞬間移動」
「へえっ! ほんとに? ヤナ、そんなこともできるの?」
教室で見ていた時には、これほど表情が豊かで、好奇心の旺盛な子だとは思わなかった。今は『飛ぶ』こと以上の経験の匂いを感じ取ったのか、さっきのがっかりさが吹き飛んで、またキラキラと輝く瞳で私を見つめている。
「でも、今のままじゃアイサはそれに耐えられないんだ」
「耐えられない? じゃあアイサは、どうすればいいの?」
「私の血を……飲めるかい?」
「血?」
「そう」
瞬間移動と血の関係が、アイサには理解できないのだろう。一瞬きょとんとした表情を見せたのだが、すぐに表情を和らげると、手を私の頬に添えてささやくようにつぶやいた。
「アイサ、ヤナのものなら、何だって飲めるよ……」
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