第99話 観客のいない慰霊祭

慰霊祭の日がやってきた。


住民は皆、退去した。

残ったのは兵と少しの臣下のみ。

空になった町を、フィアは城の窓から見つめる。


「失礼します」


アウトリタがいつも通り恭しく入ってくる。


それが彼だ。

どんな状況であってもぶれない。


物語を終わらせるために、彼は身を粉にしてきた。

どれほど自分の幸せを犠牲にしてきたか、フィアはそれを間近で見てきた。


「ねえ、アウトリタ」


空っぽの街を眺めフィアは呟く。


「私たちはもう引き返せないわ」

「何をいまさら」


アウトリタが答える。


「だから、あえて言うわ。私は後悔している。ディニタのこと、エレフセリアのこと…そしてお姉さまのこと」


フィアは静かに目を閉じる。

二人の夢を語り合った笑顔が、優しかった姉の姿が浮かぶ。


「他の道も選べたはずだった。彼らがあんなに追い詰められる必要はなかった」

「お言葉ですが―」

「貴方は強い」


フィアはアウトリタの言葉を遮る。


「目的に向かって突き進んでいく。だけど、本当の目的を忘れないで」


フィアは振り返った。

アウトリタの眉間に深いしわが刻まれている。

それを見て、フィアはふっと笑う。


「私たちは物語を終わらせるためにこうしているわけじゃない。その先の未来を創るためにここにいる」


アウトリタが、微かに目を見開いた。


「何もかも切り捨てると終わらせることはできる。でも始めることはできないよ。アウトリタ」

「…ディニタのようなことを言いますね」

「受け売りだからね」


フィアは笑った。

アウトリタが一瞬俯く。

そして、顔を上げた。


「私は家族を殺された。家族を殺したこの物語を一刻も早く終わらせたかった。だから、この道が間違いだったとは思わない」

「ええ」


フィアは頷く。


「だけど…死んでほしくはなかった」


アウトリタが唇を噛んだ。


「エレフセリアも、ディニタも死んでほしくはなかった」

「ええ」

「平気で見ていたわけではありません」


フィアは、いつものようにまっすぐな茶色の目で自身を見つめるアウトリタに微笑む。


「ありがとう。アウトリタ。それだけ聞きたかったの」


そして、ふっと思いついて口に出す。


「大好きよ。アウトリタ」

「な…」


その茶色の瞳にわずかだが動揺が走る。

それが面白くて、フィアは小さく笑った。

アウトリタはかすかに俯く。


「どうしたんですか。貴女らしくもない」

「ふふ、可愛い姪っ子に影響されたの」


アウトリタは目を見開く。


「アリシヤですか?どこで会ったのです」

「内緒」

「貴女という人は…」


アウトリタは頭を抱える。

フィアはくすくすと笑った。

そしてアウトリタを見つめる。


「ねえ、アウトリタ。これからも傍にいてね」

「ええ。わがままなお嬢様の相手は、私しか務まらないでしょう?」


アウトリタが笑った。

それは何年かぶりに見る笑顔だった。


フィアは微笑むと、窓を見下ろした。


「では、行きましょうか」

「ええ」

「私たちの物語を終わらせるために。そして新たな未来を築くために」


***


早朝、城の門の前に立つ。

アリシヤ、タリス。


イリオス、ロセ、ラナンキュラス、クレデンテは近隣の街に避難してもらった。

ルーチェはそのお供だ。


「おはよう」


リベルタがいつも通りやってくる。


大きな戦いの前とは思えないくらい緊張がない。

数々の死線を潜り抜けてきたのだろう。

役割と言え、やはり彼は勇者なのかもしれない。


アリシヤは、素直にそう思った。


「逃げなかったのか」

「ええ」


アリシヤは短く返す。

リベルタがふっと笑った。


「行こうか。タリス。アリシヤさん」


***


アリシヤは位置についた。

フィアの隣だ。


「アリシヤ、貴女の仕事は私を守ること。そして」

「エーヌの民の長を殺すこと」

「そう。よろしくね」


フィアの言葉にアリシヤは頭を下げた。


玉座の間。


その扉の前にリベルタとタリスは控えている。

そして玉座の間にはアリシヤとアウトリタのみがいた。


アリシヤはこの場でエーヌの民の長を殺して大英雄となる。


後の兵は、城の外を守っている。

または、避難した住民を守るために近隣村へ行っていた。

近隣の村が襲われる可能性も危惧された。


だが、女王であるフィアは確信を持っていった。


エーヌの民はきっと王家を恨んでいる。

だからここに来るはずだと。


慰霊祭の始まりを告げる鐘が鳴る。

観客のいない慰霊祭が始まった。


明け方にはすでに、王都の周りを取り囲んでいたエーヌの民。

鐘の音を合図に、城を目掛けて勢いよく進行してきた。


住民はもぬけの殻だと言うことを知っていたのだろう。

いつもは虐殺を繰り返すエーヌだが、民家には見向きもしないで、城に向かってくる。

あっという間に、広場は赤い面によって染め上げられる。


「行きましょうか」


窓を覗き、フィアは告げた。


城のバルコニーに顔を出すフィア。

エーヌの民がそれを見上げる。矢を引く者もいた。

だが、それは短い一言で止められる。


「やめなさい」


先頭の赤い面をかぶった女が発した言葉だった。

静かな声が全てを止める。

女は面を外し、城を見上げる。


フィアと同じ、碧い目と金の髪を持つ、アリシヤの母親。


フィアが一瞬息を呑んだのがアリシヤにはわかった。

だが、それは一瞬の事だった。

彼女は女王にふさわしい凛々しい声で告げた。


「恨むなら私を恨みなさい。国民でなくこの私を!」


フィアは踵を返した。そして城内に戻る。


「せめて私を恨んでください。お姉さま」


フィアのつぶやきは玉座の間に響いて消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る