第98話 嘘のない幸福
外には、ファッジョ、それから互いに肩を組んで何とか立っているラナンキュラスとクレデンテ、カルパの姿があった。
ラナンキュラスとクレデンテはボロボロだ。
それでも二人は笑いあって上機嫌そうだ。
「あはは!殺されると思ったなぁ!クレデンテ!」
「いやぁ、年甲斐もなく無茶をしました」
ロセが勢いよく立ち上がる。
「く、クレデンテ様!お、お怪我を!」
「救急箱は、ほれ」
「助かったわ!」
ロセはタリスの手から救急箱を奪い取ると、クレデンテの治療に入る。
ファッジョがしぶしぶといった様子でラナンキュラスの傷口を拭く。
「勇者様は…」
恐る恐るアリシヤは尋ねた。
ラナンキュラスが快活に笑う。
「大丈夫大丈夫、あの若造は来んよ」
「フィア女王が止めてくださりました」
「ありがとうフィア女王様!そしてありがとうございましたお二方」
アリシヤは頭を下げる。
タリスも平伏している。
それを見習いファッジョも土下座している。
タリスが口を開く。
「うちのジジイのわがままに付き合ってくれて本当にありがとうございました」
「いえいえ。この昔からわがまま放題でしたからね。このジジイは」
「待て、クレデンテ⁉お前もジジイじゃねぇか⁉」
「私の動きの方が若かった」
「ワシはまだ動けるぜ!」
「私だって」
「治療中に暴れない!」
ロセの一言でしゅんとなる好々爺二人。
アリシヤは思わず笑ってしまう。
緊張すべき場面なのかもしれない。
昨日までの敵すらいるのだ。
だが、そんな風には思えない。
治療される二人を見ながらアリシヤはハッと思い出す。
「ルーチェ。何か怪我とかしてない?―⁉」
アリシヤは言葉を失った。
ルーチェが泣いている。
アリシヤは戸惑う。
今までルーチェの涙など見たことがなかったからだ。
「る、ルーチェ⁉ど、どうしたの⁉」
「いや…」
ルーチェは首を横に振る。
「…こんな風に」
「え」
「こんな風に、リベルタと笑い合いたかっただけなのにな…」
ルーチェの言葉にアリシヤは胸が詰まった。
皆がしんと静かになる。
だが、イリオスだけが首をかしげた。
「どうして?」
「…何がだ?」
「君、スクードなんでしょう?」
「だからどうしたんだ?」
今度は、ルーチェが首をかしげる。
「勇者とまた笑いあえるよ」
「できない」
ルーチェは切なく笑う。
リベルタは狂ってしまった。
あんな彼を見て、また笑いあえるとは到底思えないだろう。
だが、イリオスは首を横に振る。
「君が殺せなかった勇者でしょう?君と笑い合えないなんておかしいよ」
ルーチェが目を見開いた。
「なぜお前そのことを知っている?」
「ボクは記録師。ボクあの箇所すごく好きなんだ。歴代のスクードは皆皆、勇者を殺して自身がのし上がる」
イリオスは笑顔を見せた。
「でも今回のスクードは違った。勇者を殺せず自分が消えた。だから、シナリオに赤線が引かれて修正されてた。ボクは、この勇者のこと大好きなスクードが好きだよ」
ルーチェがはじかれたようにアリシヤを見た。
「アリシヤ、お前、牢屋でなんて言ってた?」
「へ?」
「狂わなかった理由だ」
アリシヤは思い出す。
そして力いっぱい叫ぶ。
「大好きなものがいっぱいあるから!」
「そうか…そうだったな」
ルーチェがふっと口元を押さえ、そして笑い出した。
「そうだった…お前の夜泣きが大変で捨ててやろうかと思ったときも、何に対してもいやいや言って大変だった時も…あったな」
「ええ!?ちょっとルーチェ!?」
いきなり、自身の幼い頃の話を暴露されアリシヤは焦る。
「アリシヤは本当に幼い頃はわがままだったからなぁ。本当に手のかかる子だった」
「る、ルーチェ!やめて‼」
アリシヤはルーチェの服の裾を引き、何とかそれを止めようとした。
ルーチェはふっと息をつき、アリシヤの頭にぽんと手を置いた。
「それでも…それでもやってこれたのは、リベルタが生きていると分かっていたからだ」
アリシヤははっとした。
勇者の話を好まなかったルーチェ。
それでも、リベルタの安否は人一倍気にしていた。
勇者の話を誰よりも聞きたがっていた。
「…私は、アイツが生きてるだけでよかったんだ」
ルーチェがぽつりと零した。
「そうか。それだけでよかったんだ」
ルーチェは穏やかな笑みを浮かべた。
そして、イリオスの頭を撫でる。
「ありがとう」
「うん!」
イリオスが明るい笑顔を見せる。
そしてもう一度言った。
「笑いあえるよ」
その目には涙が浮かんでいた。
「だって二人とも生きてるでしょう?」
純粋すぎるイリオスの答え。
その裏に込められた切なさにアリシヤは気づく。
彼の笑いあいたい人はもういない。
ルーチェは強く頷いた。
そして小さく伸びをする。
「まあ、あいつクズだけどな」
その言葉に誰も反論しなかった。
わずかばかりリベルタに同情する。
「あいつやっぱクズだな。うん。あいつクズだ。クズだわ。どう考えてもクズ。あー、なんか腹立ってきた。殴ろう。いや頭突きにしよう」
それに吹きだしたのはタリスだった。
「ん?なんだ?」
「す、すいません…!ちょ、おかしくて」
あたりを見渡すと、ロセがそっぽを向いている。
ロセもどうやら笑いをこらえているようだった。
なんだかその状況がおかしくってアリシヤも笑う。
「なんだ、アリシヤまで」
「ううん。なんかちょっとおかしくて」
おかしくて。
そして嬉しかった。
いつものルーチェが戻ってきてくれたのが嬉しかった。
ラナンキュラスがふっと笑い、声を上げる。
「タリスー、腹減った。なんかない?」
「ジジイ…まあいいよ。ジジイのおかげで助かったし…しばらく店も開かないだろうし俺がメシ作りますよ」
「あ、私も手伝います」
「ありがと、アリシヤちゃん」
タリスがニコリと微笑みかける。
ロセがそれに反応して素早く立ち上がる。
「私も手伝うわ」
「ロセはやめときなさい」
クレデンテとカルパの声が重なった。
「な⁉ふ、二人してそこまで言わなくてもいいじゃないですか‼」
ロセが顔を真っ赤にして反論する。
カウンターで料理をしながら、アリシヤは店を見渡した。
ルーチェ、タリス、ロセ、イリオス、ラナンキュラス、ファッジョ、クレデンテ、カルパ。
皆優しい笑顔を浮かべている。
ああ、この景色が大好きだ。
そして、確信する。
私の進む道はやはり間違ってはいない。
「お待たせしました」
アリシヤは、タリスと共に皆に料理を振舞う。
慰霊祭まであと一日。
エーヌが攻め込んできても、何かを失ったとしても、ここにある幸福は嘘じゃない。
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