第十三章 終演
第91話 従い、抗う
襟を正し、アリシヤはふっと息を吐く。
「行ける?」
「いつでも、大丈夫です」
隣のタリスの言葉にアリシヤは深く頷いた。
見慣れた城の門を見上げる。
アリシヤ達は足を踏み出した。
二人の生還に城の者たちは驚きの声を上げた。
アリシヤとタリスが、ラナンキュラスの家に身を隠して二日が経とうとしていた。
二人は、エーヌの民に襲われ、行方知れずとされていた。
「よく戻ってきたな」
リベルタが二人を笑顔で迎える。
ラナンキュラスの家まで追及が伸びなかったのは、おそらく彼の計らいだろう。
アリシヤはその笑顔を見据え、放つ。
「戻ってきました。やるべきことがあったので」
「そうか。それは、楽しみだ」
リベルタの目が鋭さを帯びた。
負けるわけにはいかない。
アリシヤはその瞳を睨み返した。
リベルタがきょとんとした後、小さく笑った。
「本当に楽しみだなぁ」
嘲笑うようなその笑いにアリシヤは何も返さずに、要件を告げる。
「エーヌについて私が得た情報、それを聞いていただきたい」
「わかった。アウトリタにも聞いてもらおう」
リベルタと共に、アリシヤとタリスは政務室に向かった。
政務室までの道のり。
皆、無言だ。
話すべきことはない。
覚悟は決まっている。
だが、心臓は早鐘を打つ。
ここまで来てしまった。
退路は防がれた。
今からアリシヤは自身の脚で物語に組み込まれに行く。
だが、それは自分の意志だ。
誰かに動かされるのではなく、自分で動くんだ。
アリシヤは己に言い聞かせる。
「アリシヤ」
自身を呼ぶ声にアリシヤは振り返る。
久しぶりに見るその猫のような青い瞳。
「ロセさん」
「無事に帰ってきたのね」
ロセは安堵の表情を浮かべた。
それがアリシヤにとっては意外だった。
ジオーヴェ家のロセにとって己は利用すべき対象でしかないはずだろう。
ロセはアリシヤに近づくとアリシヤの手を握った。
アリシヤはハッとする。
その手から小さな紙を受け取った。
「ロセさん、悪い。急いでるんだ」
リベルタがそう言った。
ロセは短く、わかりました、と答えるとその場を去っていった。
その背をアリシヤは見送った。
小さな紙きれ。
それをリベルタに見られないようにアリシヤはポケットに入れた。
***
政務室の重厚な扉を開ける。
「失礼します」
アウトリタの鋭いまなざしが、アリシヤ達を迎える。
そして、もう一人。
アリシヤは目を見開いた。
「待っていたわ」
フィアは悲しそうに笑った。
中央の席にいつも通り座ったアウトリタ。
その机の横に置かれた椅子に、フィアは手を重ねて座っている。
フィアの碧い目がアリシヤを見つめる。
「さあ、あなたが言いたいことを言って」
彼女の言葉にアリシヤは頷き、口を開く。
「エーヌの民の長は慰霊祭の日に、この王都に攻め込んできます」
フィアが目を見開いた。
アリシヤは続ける。
「信じられない話かもしれません。ですが、信じていただきたい」
「どうして?」
「え?」
思わぬ問いにアリシヤは疑問の声を漏らす。
フィアはその瞳に戸惑いを映しながら、アリシヤに尋ねる。
「貴女はこの国を守ってくれるの?」
「はい。この国には私の大好きなものがたくさんありますから」
アリシヤは迷わずに答えた。
わずかな沈黙が訪れる。
フィアが小さくため息をついた。
「あなたはやっぱり、エルフセリアの子ね」
「え」
「いいでしょう。信じます。アウトリタ」
フィア女王はアウトリタに命じる。
「貴方に命じます。エーヌの民からこの王都を、国民を守りなさい。誰一人、死なせはしないわ」
「承りました」
アウトリタは恭しく頭を下げた。
席から立ち上がると、アリシヤ、タリス、リベルタに言った。
「会議を行う。お前たちも出席するように」
「かしこまりました」
政務室から会議室に移るアリシヤ達。
フィアも同行する。
アリシヤの後ろに立ったフィア女王。
後ろからそっとアリシヤに囁いた。
「ありがとう」
その感謝の意味はアリシヤには分からない。
だが、皮肉でも何でもない感謝に感じた。
アリシヤは小さく振り返り、碧い目を見ながら頷いた。
フィアは柔らかく笑った。
***
会議が終わる。
会議は酷くスムーズに進んだ。
アリシヤは気付いた。
おそらく慰霊祭の日にエーヌが来ることはもう、国は知っていたのだろう。
リベルタの言っていた内通者によって知らされていたようだ。
だが、無意味ではなかった。
アリシヤは深く息を吸った。
自分がいることでこの作戦は動くようだった。
そう、リベルタの言った通りアリシヤを大英雄に仕立て上げるためだ。
真実を知ったアリシヤにはそれが理解できた。
抗うのだ。
アリシヤは心に誓う。
そのために従うのだ。
アリシヤはまっすぐに前を見つめた。
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