第92話 分かち合う人

そこからは、住民の避難作業が始まった。

エーヌの民はこの王都を襲ってくる。

そのため住民を近隣の村や町へ避難させるのだ。


タリスとアリシヤは、住民への勧告と誘導を受け持った。

その担当区域にはオルキデアも入っていた。


久々にオルキデアの扉をくぐる。

セレーノは目を見開いた。

だが、彼女は何も聞かず、何も言わず、二人を抱きしめた。


それだけで十分だった。


アリシヤはセレーノの腕の中で目を閉じる。


自分の大好きな人。守りたいもの。

奪わせない。きっと。

そして―。



アリシヤは隣を見る。

タリスが頷いた。



「姉さんは、俺と、そしてアリシヤちゃん。俺たちで守ってみせるよ」


タリスが言った。

セレーノはその言葉に一瞬驚いたようだったが、その後、笑顔を見せた。


「よかった。タリス、隣にいてくれる人を見つけたのね」


タリスははにかんだ。

セレーノがアリシヤの手を取る。


「私の自慢の弟なの。タリスのことをお願いね、アリシヤちゃん」

「はい!」


アリシヤは力いっぱい答えた。


そう、奪わせない。何も諦めきれない。

今はそれを分かち合える人がいる。

だから、進めるのだ。


慰霊祭まであと二日。


***


次の日も、アリシヤ、タリスは住民の避難作業に尽力した。


終業後、リベルタが城の門まで見送りに来た。

いつものことだが、監視されているようで落ち着かない。


日はずいぶん高くなった。

もう六時を回るというのに、まだ薄暗い程度だ。

空気も柔らかい。

春の薫りがした。


リベルタは言った。


「スクードはもう直に狂う。手遅れだ」


小さな声だった。

アリシヤは息を呑んだ。


「じゃあな、アリシヤさん。タリス」


そういって、リベルタはいつも通り手を振った。

アリシヤはその姿を睨んで踵を返した。

タリスは小さく会釈した。


タリスがぽつりとつぶやいた。


「全部、嘘なのかな」

「え?」

「あの人のすべてが嘘なのかな」


それはアリシヤには分からない。

タリスとて、そこに答えを求めていたわけではなかろう。

リベルタの姿が見えなくなると、アリシヤはポケットに入った小さな紙を取り出す。


「なにそれ?」

「ロセさんから頂いたんです」


ロセという言葉を聞き、あからさまに顔をしかめたタリス。

その様子がなんだか、平和な日常を思い出して、アリシヤは小さく笑った。

そして、その紙を広げる。


「どれどれ」


アリシヤは紙の言葉に息を呑んだ。

が、タリスは横で指を鳴らした。


「こりゃいい」

「へ?何がですか?」

「アリシヤちゃん。善は急げ、だ」


タリスはウインクした。

相変わらずの顔の良さに圧倒されながら、アリシヤは首をかしげた。

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