第88話 提案

「ラナ爺のところに身を隠そう」


タリスはそう提案した。


アリシヤ達がいたのは、王都からさほど離れていない都市だった。

休憩をはさみながら、一日ほど歩けば、王都・名無し街についた。


それまでの道のりに二人は話した。


ただ、それは情報交換のようなもので互いに口数は少なかった。

まだ、互いに先ほどのことが受け入れられていないと言うことだろう。


二人は黙って歩いた。

そうやって頭の整理をしようとした。


「ラナ爺。いるか?」


ラナ爺の棲み処としている建物にたどり着く。

彼は寝ていたようだったが、タリスの声に素早く起き上がってきた。


「タリス…。どうした?」


心配そうなその声。

タリスは一つ呼吸をした。


「ラナ爺。少し聞いてくれるか?」


ラナ爺は頷いた。


***


タリスはラナ爺にすべてを話した。


この国の真実の事。

リベルタの事。


アリシヤは、ラナ爺に真実を告げるか悩んだが、タリスの心は初めから決まっていたらしい。


「ラナ爺は頼りになる。俺が保証するよ」


タリスは笑った。


がれきに二人並んで座り、目の前のラナ爺の言葉を待つ。

ラナ爺は頭を押さえ深く何かを考えているようだ。

タリスが頭を下げる。


「頼む、ラナ爺。なんとか俺とアリシヤちゃんをかくまってくれないか」

「いや、良いんだけどなぁ…タリス」


ラナ爺の白いもこもことした毛だまりから手が伸ばされる。

そして、タリスの額をはたいた。


「痛っ⁉何すんだよ、ジジイ!」

「お前甘すぎ」


ラナ爺は深くため息をついた。

アリシヤはぎくりとした。

ラナ爺はそれを察したのか苦笑する。


「アリシヤ君の方が聡いな。というかお前が馬鹿すぎるんだ」

「は?」

「何でワシのところまで勇者の手が届いてないと思ったんだ?」


やはりそうか。


アリシヤは歯を食いしばる。


あれだけ、丁寧にアリシヤを英雄に仕立て上げた人物だ。

ここまで手を伸ばしているのも当然と言えるだろう。


「ま、待ってくれ…ラナ爺…!」


タリスの焦りにラナ爺はやれやれといった風に首を左右に振った。


「ワシの王家嫌いはお前も知ったところだろう」

「そうだけど」

「そんなワシが、どうしてお前を勇者の右腕に送り出した?」


答えを聞かずともわかった。

その頃からリベルタはラナ爺に手を回していたのだ。

タリスが戦慄したのがわかった。


アリシヤは肩を押さえた。

恐ろしさにぶるりと体が震えた。


タリスがぼそりと呟く。


「本当に俺の人生勇者様の筋書き通りだったんだ…」

「その通り」


ラナ爺は深くため息をついた。


「勇者。いや、あのリベルタという若造、時たまやってくるぞ?大量の金と、イヤな笑みを引っ提げてな」


勇者に関する悪い噂、それをタリスに伝えないようにリベルタは立ちまわっていた。

また、ラナ爺は噂を幅広く網羅している。

情報屋として使う輩もいる。

そういう人間たちに対しての口止めもあったという。


「ワシも命は惜しいからな。逆らわんようにしてたが」


うなだれるタリス。

それを見て、ラナ爺は吹きだした。


「あはは!ついに真実を知ったか、タリスー!」

「ジジイ。笑い事じゃねえよ…」

「笑え笑え」


笑っていたラナ爺がふっと、止まった。


「そして、逃げろ」


真剣な声だった。


「ファッジョ」


ラナ爺の言葉にファッジョは頷いて、部屋の奥から筒状に巻かれた紙を持ってきた。

ラナ爺はそれを机の上に広げる。

それをのぞき込み、その地図の上に並んだ文字にアリシヤは息を呑んだ。


「これ…コキノの一族の文字じゃ」

「おや、知ってるのか。アリシヤ君」

「読めはしませんが、形だけは」


タリスもそれをのぞき込む。


ラナ爺は地図の上の一つの島国を指さした。

レシの国。この国だ。

そして、その指は海を越え、別の島を指す。


「ミラの国だ」

「ミラの国」


アリシヤはラナ爺の言葉を繰り返した。

ラナ爺は頷く。


「この国を逃れ、そこへ行け」


ラナ爺は続ける。


「そこにはコキノの一族が暮らしているはずだ。アリシヤ君が行けば喜んで出迎えてくれるだろうよ」

「ジジイ…何でそんなこと知ってんだ」


タリスがラナ爺を見つめる。

アリシヤだって同じ気持ちだった。

ラナ爺は視線を逸らした。


「タリス。セレーノちゃんとアリシヤ君を連れて逃げろ。この国は真実を知ったものは生きられない」

「ジジイ、何言って」

「タリス、悪かった。お前もセレーノちゃんも守ってやれなくて」


ラナ爺が頭を下げた。


「だからせめて逃げてくれ。この国の真実に飲まれる前に」


俯いたラナ爺の姿に、ルーチェの姿が重なった。


「あなたも真実を知っていたのですね」

「…ああ」


ラナ爺は小さく呻いた。


「誰も助けられなかったんだ。だから、せめてタリス、セレーノちゃん、アリシヤ君に生きて欲しい」


重い沈黙が訪れた。


逃げる。

そう、ルーチェとともに逃げてきた。

一五歳になれば、ルーチェはアリシヤを国外に逃がそうとしていた。

逃げたい。そう思う。


リベルタの目が浮かぶ。


あの暗い蒼い目には二度と射貫かれたくない。

だけど—。


アリシヤは手をぎゅっと握りしめた。


「時間はあまりない。考えてくれ」


そういってラナ爺は、踵を返した。

タリスとアリシヤはファッジョに部屋に案内された。

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