第十一章 真実
第79話 二度目の誘拐
潤んだ目をぬぐいながらアリシヤは城に向かい暗い道を行く。
目立たないように月明かりも当たらない小さな路地に入り込む。
「アリシヤ様」
後ろから聞こえた硬質な女の声。
アリシヤは足を止め、とっさに剣を抜いた。
身をひるがえし、後方に身体を向ける。
暗闇に目を凝らす。
黒いマントに赤い面。
エーヌの民だ。
まさか、王都まで侵入してきているとは。
「何用ですか?」
アリシヤは鋭く声を上げる。
女は動じずに言った。
「我々と共に来てください。手荒な真似は致しません」
「誰が―」
「断らないでください。断ればあなたの大切な人が傷つきますよ」
剣の柄を強く握る。
アリシヤは暗闇に浮かぶ赤い面を睨む。
「…どういうことだ」
「オルキデアに、我らが仲間を配置しています。貴女が逆らえば、あの店は燃えます」
アリシヤは己のうかつさに唇を噛んだ。
女の後ろには大勢のエーヌの民が控えている。
ここで一人殺したところで、オルキデアを守ることはできないだろう。
アリシヤは剣を鞘に納めた。
***
目隠しをされ、アリシヤは運ばれる。
馬車に乗せられてずいぶんと経つ。
ひどく揺れるところから想定するに、ここはもう王都の舗装された道ではない。
左右に身体を振られながら、アリシヤは手を強く握った。
これから、どこに連れていかれるのだろう。
ふいに、一年前のことを思い出す。
そう、あの時もエーヌに攫われて、そして、リベルタとタリスが助けてくれたのだ。
助けは来ないかもしれない。
そう思った。
終焉をもたらすと予言された人間。
エーヌに殺されたことにしておけば都合もよかろう。
「大丈夫ですか?」
女の声にアリシヤは顔を上げる。
硬質だが、どこかアリシヤを心配しているようなその声。
聞き覚えがあった。
一年前に攫われたあの時だ。
「以前、私を攫ったときもあなたはそう聞きましたね」
「ええ…そうかもしれません」
女はそう言って、アリシヤの目隠しを外した。
そこにはエーヌの面を取った、美しい女がいた。
髪の色は金。そして、青い目。
どこか疲れたような彼女がアリシヤに向ける瞳は優しい。
「私は、カリーナと言います。お久しぶりです、アリシヤお嬢様」
カリーナは首を垂れた。久しぶりと言われても、アリシヤには覚えがない。
「あなたは…?」
「私はレジーナ様の侍女。今はエーヌの民。そして、かつて貴女の誕生のお手伝いをさせていただいた者です」
アリシヤは息を呑む。
「詳しくは、レジーナ様からお話があると思います。レジーナ様は貴女とお話をするのをずっと楽しみにしていらしたのですよ」
複雑な心境だ。
アリシヤは俯く。
レジーナは確かにアリシヤの母と名乗った。
だが、人々を残虐に殺すエーヌの民の長なのだ。
「さあ、着きました。お手をどうぞ」
カリーナに手を取られ、アリシヤは馬車を降りる。
アリシヤははっと顔を上げる。
「荷物は…」
中にはデイリアが記した日記、それから彼からもらった手紙が入っている。
カリーナは小さく笑った。
「大丈夫です。ちゃんとこちらで保存しています。捨ててなどいませんよ」
***
長い廊下を案内される。
ここはどうやら地下の施設のようだ。
左右にいくつかの部屋を確認した後、無機質で重厚な扉が見えてくる。
鉄でできた扉だ。
「レジーナ様。アリシヤ様をお連れしました」
カリーナの声に中から声が答える。
「どうぞ、お入りなさい」
中は簡素な作りの部屋となっていた。
机に椅子、小さな棚。必要最低限のものしかない。
が、異様なのはその色だ。
全てが赤い。壁も床も家具も。
血に濡れたような深い赤だ。
「アリシヤ、いらっしゃい」
赤い部屋の中、レジーナは立っていた。
そして、美しく微笑んだ。
碧い瞳にまっすぐな金色の髪。
いつか向かい合ったフィアを思い出す。
やはり姉妹なだけあって似ている。
だが、その瞳の形はアリシヤにそっくりだった。
アリシヤはカリーナの導きで部屋に入る。
レジーナはアリシヤにゆっくり近寄り、そして抱きしめた。
「おかえりなさい。私の最愛の娘」
暖かい抱擁だった。
この人物があんな残虐な殺戮を命令しているなんて思えなかった。
アリシヤは問う。
「あなたはいったい…私はいったい何者なのですか?」
レジーナはアリシヤを離すと、椅子をすすめた。
アリシヤは席につく。
レジーナも席につきアリシヤを見つめる。
その瞳は暖かい。
「貴女は私とエレフセリア様の大切な娘」
机の上に手を置き、レジーナは小さく首を横に振った。
「いえ、こういった方がわかるかしら。貴女は魔王と、魔王に攫われた姫の娘よ」
アリシヤは息を呑んだ。
エレフセリアという人物が魔王であることも自分がその娘ではないかと言うことも、可能性としては考えていた。
だが、こうもはっきりと告げられるとなると話は別だ。
魔王の娘であるアリシヤ。
神託で終焉を運んでくる悪魔と言われても頷ける。
やはり神託は正しく、アリシヤは終焉を運ぶものなのだろうか。
握った手にじっとりと汗が浮かぶ。
そんな、アリシヤをレジーナはのぞき込む。
「ねえ、アリシヤ。あなたは何処まで知っているの?」
「どこまで…とは」
「この国の真実を」
真実。
ルーチェから聞くことができなかった、フィアから聞き出せなかった。
レジーナの言う真実はそれと同じものだ。
アリシヤは察する。
そして答える。
「知りません。私は、何も知りません」
「あら。スクードから、何も聞いてないのね。意外だわ」
「え」
「ああ、ルーチェと呼びましょうか。あなたを育ててくれたあの子。あの子もこの国を憎んでいると思ってたのだけどね」
残念そうにレジーナは呟く。
「いいでしょう。アリシヤ。教えてあげる。この国の真実を―」
レジーナは話し始めた。
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