第80話 国の真実

「この国は物語で出来ている」


レジーナの話はそう始まった。


「国がシナリオを決め、それ通りに物事は進んでいく。役を与えられた人間はその通りに動く。まるで演劇ね」


何かのたとえだろうか。


アリシヤは首をかしげる。

レジーナは小さく笑う。


「ねえ、アリシヤ。百年に一度魔王が現れ、勇者が現れるなんて都合がよすぎると思わない?」

「え」

「どうしたらそんなことができるか。答えは簡単、自作自演をしているから!」


レジーナは机に置いた手を大きく広げた。

まるで舞台で役を演じる役者のように。


「魔王も勇者もスクードも、そして攫われる姫もみーんな役者。国に決められた役割を全うするためだけのお人形」

「…は?」

「消える街も栄える村も生きる人間も死ぬ人間も全てシナリオ通り!」


歌うようにレジーナが言う。


「ほら見て」


机の上に置いてあった一冊の本を、レジーナが開く。

そこには文字がびっしりと書き込まれている。

箇条書きで物事が記されているようだ。


アリシヤはその中の一文に目を奪われる。


『チッタの街、魔王によって殲滅される。生き残りはない。』


そして、その文の上に赤い斜線が引いてある。

『生き残り二』と記し直されている。


思わず年号を見る。

そして確信する。


息を呑んだ。


「気づいた?これはアリシヤと仲良しのタリスくんの事よ」


レジーナはいたずらっぽく笑った。

アリシヤは震える声で尋ねる。


「これは…?」

「イリオス君の持っていたシナリオよ」

「シナリオ?」

「そう。この国を進めるための神託という名の脚本」


レジーナは分厚い本のページを捲る。


「エルバの村がデイリア率いる魔王軍に攻め入られたのもシナリオ通り、勇者と魔王が戦うのもそうね。全てここに載っているわ。読んでみる?」


差し出された本の一文が目に入った。


『魔王、現れこの国に滅亡をもたらさんとする』


アリシヤは呟く。


「国を滅ぼそうとする魔王ですらこの国が作った…?」

「そうよ」

「そんなのおかしい!どうしてこの国が、自身の土地を荒らし、国民を殺すのですか⁉」


レジーナは口角を上げる。

美しい顔に歪んだ表情が浮かんだ。

アリシヤは悪寒を覚える。


「人口統制よ」

「は…?」


レジーナは机の上に指を這わせる。

赤い机の上をなぞる。

指の動きを目で追う。

レジーナはこの国の形を描いていた。


「アリシヤ、考えてみなさい。ここは島国よ。外国との交易がない閉鎖された国」


なにを言われているのか分からない。

アリシヤは黙り込む。


「人間は際限なく増え続ける。でも、増えない。食料も土地も。そうなると食糧難が起きるわ。その不満は何処へ行く?」


国だろう。


アリシヤの表情から読み取ったのかレジーナは続ける。


「だから、政府は百年に一度人口統制をおこなう。人口を減らすために。魔王の出現という手段でね」

「そんな…」

「あと、不安因子の排除ね。政府に逆らうものは魔王という言い訳によって殺される。チッタの街なんかそうよ」


レジーナが手元の本を開け、チッタという文字をなぞった。


「チッタの街は政府に逆らって自治権を主張していた。それが目障りだったんでしょう。だから、全員殺された。ああ、二人生き残ったけど」


アリシヤは言葉を失った。


「この国、建国してから一度も政権が変わっていないの。小さな派閥争いはあるけど、ずっと同じ王家。不安因子や反対勢力は全て魔王に滅ぼされるからね。全て魔王のおかげ」


レジーナはアリシヤを見上げて、眉を下げた。

立ち上がり、机越しにアリシヤの頬を撫でる。


「ああ、アリシヤ。可哀そうに。顔が青いわ。よほどショックだったのね」

「っ」


アリシヤは立ち上がり、レジーナの手を払う。そして叫ぶ。


「信じない…!そんな作り話は信じない!」

「…信じたくないのはわかるわ。でも、アリシヤ。本当に気づいていなかったの?」

「は?」

「だっておかしいでしょう?どうして百年に一度魔王が現れるの?そして都合よく勇者が現れて、どうして毎回勇者が勝つの?なにもかも都合がよすぎだと思わない?」


アリシヤは反論できない。


神託だから。

そう言われて信じていた。

だが、話を聞いてしまった今、言い返すことはできない。


ソーリドの言葉がよみがえった。


『どうしてあなたは英雄に成り得た?』


アリシヤの背に冷たい汗が流れる。

レジーナは優しく微笑む。


「アリシヤ、座りなさい」


大人しく座ったアリシヤにレジーナは落ち着いた声で話しかける。


「次は、私とエレフセリア様の話を聞いてほしいの。いい?」


アリシヤは、頷きはしなかった。

レジーナが話し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る