第78話 日常の終わり

『赤い髪の少女が、この国に終焉をもたらす』


それが、国の中央の記録師が神から授かった神託だった。

その神託を発表したのはヴィータだった。

この国のトップであるフィア女王はその神託については何も述べなかった。


神の言葉の威光は、アリシヤがこれまで築いてきた名声を瞬く間に崩した。


だが、アリシヤの功績は大きい。

一方では救国の英雄として扱われ、一方では滅国の悪魔として扱われるようになった。


つまり、アウトリタ率いる派閥では英雄として持ち上げられた。

ヴィータの率いる派閥では悪魔として迫害された。


城での仕事を終え、アリシヤはタリスと二人帰路につく。

最近は言葉をかわすことも減っていた。


街の人々はアリシヤを見ると目を逸らした。


人々は信心深い。

アリシヤを悪魔として見ているのだろう。


オルキデアの前に戻る。

アリシヤは身を固めた。


店の看板が破壊されている。

壁がペンキのようなもので汚されている。

ばらまかれた紙が落ちている。


『悪魔をかくまう魔の家に滅びを』


そう記されていた。

タリスは店へ駆け込む。


「姉さん‼」


アリシヤもハッとして店内に入った。

まずはセレーノの安否だ。


店に入った。

そして息を呑んだ。


店の中のものが破壊されている。

机は壊され、椅子は飛び散り、散乱している。


荒れ果てた部屋の真ん中に座り込んでいるセレーノ。


無事ではあるようだ。

だが、呆然と涙を流す姿にアリシヤは胸を詰まらせる。


セレーノはタリスとアリシヤに気づくと、毅然と立ちあがった。


「おかえり!タリス、アリシヤちゃん!片付け、手伝ってくれる?」


涙を流しながら笑顔を見せたセレーノ。


アリシヤは悟った。


もう、ここにはいられない。


***


その日の深夜。


アリシヤはまとめた荷物を抱え、オルキデアの玄関に立った。

自分の痕跡を何も残さないため、一言も告げず、全ての荷物を持って。


暗い店内を見渡しアリシヤは息をつく。


ここで過ごした日々はとても幸せだった。

アリシヤに再び家族の暖かさを教えてくれた。

帰る場所をくれた。

それがどれほど嬉しいことだったか。


感謝を伝えたい。

だけど、それはできない。

だって、きっと見つかってしまえば、タリスとセレーノはアリシヤを引き留めるから。


ありがとうございました。


アリシヤは口に出さずにつぶやき、一礼した。


顔を上げ、店内に背を向けドアノブに手をかける。


「アリシヤちゃん」


後ろから掛けられた声にアリシヤの手は止まった。

そして、振り向かないまま告げる。


「タリスさん。私は行きます」

「そんな必要な―」

「タリスさん!」


アリシヤはタリスの言葉を遮る。


「あなたの人生の目標はセレーノさんを幸せにすることでしょう?」


静かに、感情を表に出さないように言葉をつむぐ。

そして、ドアを押し開け外に出た。

それを止めようとするタリス。


アリシヤは振り返り、タリスの胸を強く押した。

タリスは店の中で体勢を崩す。


「さよなら」


アリシヤは笑顔で告げた。


走り出す。

もう振り返らない。


目指すのは城だ。

リベルタを頼るつもりだ。

彼ならなんとかしてくれるだろう。


この先、タリスに会うこともあるだろう。

でも、もうこの思いは捨てる。


優しくて紳士的で、本当はそうじゃなくて。

正直で意外に短気。

向けてくれる笑顔に、その言葉に、どれほど救われたか。


アリシヤの頬に涙が伝う。

今更ながらに気づく。


大好きだったんだ。


アリシヤは唇を噛んで流れる涙を押さえようと努力する。

だが、止められない。

暗い路地にアリシヤの小さな嗚咽が消えていった。


後ろから迫る影に、アリシヤは気づくことはできなかった。

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