第77話 纏わりつく視線

城門を通る。


「よう!赤いの!」

「こんにちは、ラーゴさん」


軽く挨拶を済まし、アリシヤは中庭に急ぐ。


いつもなら訓練しているはずだ。

正義の象徴のような、彼の姿を探す。

だが、見当たらない。


アリシヤは肩を落とした。

そして深く息を吸って吐いた。


落ち着こう。


タリスの言葉が頭の中にループする。

アリシヤは力なく中庭のベンチに腰を掛けた。

昨日も寝不足だったせいで瞼が重い。

アリシヤは静かに目を閉じた。


「アリシヤさん」


声をかけられ、アリシヤははっと目を覚ます。

寝てしまっていたようだ。


「こんなところで寝てると風邪ひくぞ」


はにかみ笑いのリベルタがそこにいた。

アリシヤは慌てて背筋を伸ばす。


「すいません、お見苦しいところを」

「そんなかしこまらないでくれ」


リベルタは快活に笑った。

アリシヤは少しためらった後、リベルタの蒼い目を見つめる。


「勇者様。私は、英雄に成り得るのでしょうか?」

「なれるさ」


間髪入れずにリベルタは答える。

そして、アリシヤの隣に腰掛けた。


「アリシヤさん、あんたはもう英雄だ」

「でも、私はまだ迷っています」

「迷い…か。何を迷ってるんだ?」


優しく尋ねられ、アリシヤは心中をさらけ出す。


悪夢にうなされること。

タリスに言われたこと。

違和感の事。


「英雄じゃなくアリシヤとして…か。タリスがね」

「はい」

「…俺も似たようなこと言われたことがあるよ」


リベルタが遠いところを見つめる。


「逃げようって言われた。勇者なんか捨てて、リベルタとして生きようって」

「え」

「俺は断った」


わずかな間の後リベルタは続ける。


「大切な人だった。だけど、俺はその手を取らなかった」


そして、アリシヤに微笑みかける。


「だから、今の俺がいる」


それは力強い笑みだった。


「アリシヤさん。信じて進むんだ」

「え」

「俺は、アリシヤさんが進んでいく道が見たい。だから、今は進め。ただ真直ぐ」


リベルタの言葉がアリシヤの胸を打つ。

それは、何よりも心の支えとなる言葉だった。

アリシヤは、リベルタに頭を下げた。


「ありがとうございます、勇者様」

「ああ…だが」


リベルタが申し訳なさそうに言った。


「まだ、スクードとは会わせてやれない。ごめんな」

「はい」


アリシヤは頷いた。


あれから何度もルーチェとの面会を求めたアリシヤだったが、そのたびに断られている。

まだ、身の潔白が証明されていないらしい。


「ルーチェは元気ですか?」

「ああ。アリシヤさんに会いたがってる。大丈夫、そんな心配そうな顔するな。俺が何とかする」


リベルタが笑った。


***


中庭でリベルタに別れを告げ、アリシヤは帰路につこうと城門へ向かう。

そういえばタリスに剣を奪われたままだった。


城門への大きな道を歩く。


ふと視線を感じ、振り返る。

顔見知りの役人たちがあからさまに目を逸らした。

アリシヤは不思議に思いながらまた歩き出す。


だが、妙な視線は振り切れない。

それどころか、増えているような気がする。


アリシヤはぞっとした。


この感覚はチッタの街に行ったときの感覚に近い。

久しく離れていた、アリシヤを恐れ迫害する視線。


アリシヤは小さくあたりを見渡した。


人々は声を潜め何かを話している。

アリシヤと目が合うと気まずそうに視線を彼方へ向けた。


なにが起こっているのだろうか。


アリシヤの頭にふと、今朝のカルパの姿がよみがえる。


何かが起こっているんだ。


アリシヤは駆け出す。

城門でラーゴがアリシヤから視線を外した。


恐ろしさに身体を震わせ、アリシヤは一直線にオルキデアへ向かった。

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